2016年

11月27日

コシノヒロコのルーツ・アイデア

今週は11月9日(水)10日(木)、マイドーム大阪で開催された『ビジネス・エンカレッジ・フェア2016』の会場での公開録音の模様をお届け。
昨年の作曲家のキダ・タローさんに続いて、今年はファッションデザイナーのコシノヒロコさん。
まずは「コシノヒロコの仕事」と題してお話を伺いました。
ドラマでも取り上げられたコシノファミリーですが、仕事のルーツに関係しているのでしょうか?
「そうですね、姉妹同士はもちろんですけど、親は子供に負けないように、子供は親に負けないように。
親の教育方針は“ほったらかし”でしたから。
私は私のやり方ができたから、自分の道を切り開けたかもしれませんね」

そんなコシノヒロコさんですが、お仕事のルーツはお母様やご家族以外にあるそうです。
実はイベント当日の別時間のゲストだった建築家の安藤忠雄さん。
「まだ彼が無名で、私も無名、そんな時代でした。
そんな安藤さんに家を建てたいと依頼したんです。
私はファッション、デザインで日本の美意識をどうやって発信していくかがテーマでした。
世界で仕事をするとなるとこれは生活から変えていかなければならないと思ったんですね。
だから日本の四季を感じながら創作活動ができる家を建てようと思ったんです。
当時、全然、お金がなかったんですけどね(笑)」
そんな強い想いから芦屋の奥池地区に大きな借金をしてまで家を建てたコシノさん。
そこでの暮らしはどうだったのでしょうか?
「夏は暑いし、冬は寒かったですね(笑)。
でもそんなことは気にならなかったんです。
理想の環境を手に入れることができた喜びが大きかったですね。
私の持っている思想、コンセプトがより具体的にできました。
おかげさまで初めての世界のコレクションでは喝采をいただきました。
窮すれば通ずですね」

安藤建築でさらにクリエーションの力を得たコシノさん。
多くの仕事を手がけることになるのですが、そのひとつが池田泉州銀行の制服でした。
「ご縁をいただいて池田銀行と泉州銀行が合併するタイミングでデザインさせていただきました。
大きな企業が合わさるのは、きっと大変だろうなと思いましたし、人間同士も大変。
特に女性同士は色々あるのではないかと…。
そこでファッションというお互い共通の環境、プライドを持つことで心からひとつになれないかとデザインしました。
布の材質からこだわって、当時最新の生地を使いましたね」

仕事をする環境を作り、そこから自らの思想を創り上げたコシノさん。
仕事への情熱はどんな想いから来ているのでしょう?
「今はいろんなことが手短にできます。
努力をするということを忘れている人が多いかもしれません。
自分のものにするためには決して人頼みにしない。
自分が努力して、自分で考え出して、自分しかできないことをやる。
これは時代が変わっても大切なことだと思います」

自分がいかに前を向いて進むか。
これが大阪はもとより、日本の経済をより上向きにする秘訣かもしれません。

竹原編集長のひとこと

これぞ日本で生まれたデザイナーですね。
自分の考え方もデザインされていますね。
やりたいことは絶対に自分で創り出す。
素晴らしい熱量です!

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