2019年

6月 9日

伝統工法を取り入れた家の普及を目指す

先週に引き続きゲストは株式会社創建の代表取締役会長・吉村孝文さん。 お客様の立場に立った家づくりをされている株式会社創建。 外断熱や社長110番も興味深いお話でした。 さてこの会社の創業は? 「8年間会社勤めをしていましたが、33歳の時に脱サラをしまして。 色んな事に対して色んな思いがありまして、より良いものを作れないかと」。 会社に辞意を伝えつつも何度か慰留。 昭和58年に独立。

「独立して2、3年後に6000万円の不当たりを食らいまして...。 その時は夜逃げしようと頭をよぎりましたね。 その時に以前の会社の社長に"請け負いは、受けた時点で負けてる"なんて言われましてね。 なるほどな、と。 バブル崩壊もしんどかったですけど、これがしんどかったですね」。

「7年目に銀行から資産100億円超えてると言われましてね。 バブルで土地の価値が上がっている影響でしたね。 でもバブルが弾けたらそれが1/10になるわけです。 すごい時代でしたね」。 その時代は仕事の様子はいかがだったのでしょうか? 「平成3年、4年はゴルフを年間100ラウンドしたんです(笑)。 仕事がなかったんです。 知り合いから連絡がきて"暇だからゴルフ"と言うと、周りは余裕があると感じたみたいで。 そうすると知り合いから仕事を任されたり、銀行さんからお客さんを紹介してもらったり」。 建売が売れるという時代になると、モデルルームを作ったのだとか。 「大阪市内に作りました。 営業マンは立派なものを作って欲しいというオーダーでしたが、僕は逆だと思いました。 小さいものを作ったんです。 大きい家を見に行って建てたら小さくなるとがっかりしますよね。 住む人がこの小さなモデルルームよりも大きく想像してもらうためです。 社員にも言います、"逆は真"と」。 株式会社創建は東日本大震災以後、神社の修復のお手伝いもされているのだとか。 「木の城たいせつという北海道の会社とお話しする機会がありまして。 そこに伺った時に神社みたいなものが建っているんです。 宮大工さんがいると思ったら、実は一人もいない。 聞けば将来宮大工さんが少なくなるだろうということで、宮大工の伝統工法を機械化されているんです。 この技術を引き継いで各地の神社の修復をさせてもらっています」。 将来はどんなビジョンをお持ちでしょうか? 「なくてはならない会社になること。 あとは作ったものを管理する家ドックの事業を大きくしたいですね。 日本の建物を宮大工の工法で建てて、国民の命を救える家を全国に普及させたいですね」。 株式会社創建のお客様の目線で考える家づくり。 挑戦は続きます。

竹原編集長のひとこと

お客様のための仕事をするとお客様からの信頼が生まれます。
その信頼を元に次の仕事をしていくんですね。