2020年

3月15日

不易の言葉に込められたチャレンジ精神

今週のゲストは不易糊工業株式会社代表取締役社長・梶田安彦さん。
糊を始め、薬用クリームなど様々な商品について聞かせていただきました。

会社の歴史についておしえてください。
「創業は分かっている範囲では明治19年といわれています
おそらくその前の江戸時代から商売をしていたと思われます。
九州の奥に飫肥藩がありまして、飫肥藩の杉などをこちらに持ってきていたのが足立家がルーツですね」。

ずっと糊一筋なのでしょうか?
「アメリカでリグレーというチューインガムを持って帰ってきて、自分たちでも作ったことがありました。
作った当時は食べるとするに甘味料がなくなって失敗だったそうですが。
『白龍』という日本で最初といわれているチューイングガムです」。

明治28年に不易糊が誕生しています。
この"不易"という言葉は?
「中国の荀子の『萬世不能易也(永遠に変わることなし)』に因んで命名されました。
いつまでも腐らず不変の品質を誇るという意味を込めています」。

現社長の梶田さんはどういったキャリアをお持ちなのでしょうか?
「入社してからは46年になります。
私は恩師の紹介でアルバイトから入りました。
そこから仲の良い人ができて、悪友ができてしまいまして、今思うと長いアルバイトになってしまいました(笑)。
真面目な方々がいっぱいいまして工場に女性のこわい課長さんがいましてね(笑)。
営業担当が工場に行くことは珍しかったんですけど、私もよく行ってたんですね。
当時でそこまで女性が活躍していたのは珍しかったですね。
この女性が活躍するという社内の動きはいいのでこれからも踏襲していきたいですね」。

その後、正社員に...。
「創業家は先代までで、創業家以外は私から。
創業家とは全くの無関係だったんですが、私の会社になりました。
この不易の遺伝子を日本の社会に残したいと思っているんです。
会社を継ぐ時にはうちの奥さんは背中を押してくれましたね。
"命を取られるわけじゃなし"って。
でも実際はもっと気楽にできるかなと思っていましたけどね(笑)。
1番手と2番手の仕事の差がこれほどあるのかと思いました。
若い時には考えもしなかったですね」。

100年も歴史があると様々な出来事がありますよね?
「オイルショック、バブル崩壊、平成不況...。
上り調子ということではなかった印象ですね。
でも自分たちの努力、自力で上がっていこうと思っています。
市場を作っていきたいですね。
新しい商品も作っています。
簡単にいうとデンプンからプラスチックを作るということです。
多機能生分解性樹脂。
フエキノリそのものを使って私と研究者でチャレンジしています」。

これからどんなビジョンをお持ちですか?
「我が社の伝統はチャレンジ。
常に新しいことにチャレンジしてきました。
チャレンジをなくすと企業が長続きしないような気がします。
そして、さらにデンプンにこだわってやっていきたいですね」。

商品へのこわだりとチャレンジ精神。
新たに幼い子どもから大人まで楽しめる商品が生まれてきそうです。

<プレゼント>
不易糊工業株式会社さんからリスナーのみなさまへプレゼントを頂いております。
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≪ 宛先 ≫
メール:akarui@mbs1179.com
FAX:06−6809−9090
ハガキ:〒530-8304 MBSラジオ 「日本一明るい経済電波新聞」
「 不易糊プレゼント 」係
*当選者の方の発表は商品の発送をもってかえさせて頂きます。