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上野誠の万葉歌ごよみ
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歌ごよみ!
上野誠コラム
上野誠の万葉歌ごよみ
毎週土曜日 朝 5:30〜5:45

上野誠(奈良大学文学部教授)
上田悦子(MBSアナウンサー)
★上田悦子アナウンサーブログ
utagoyomi_p@mbs1179.com
上野先生に聞いてみたい事、番組の感想など何でもお寄せください。
〒530-8304 MBSラジオ
「上野誠の万葉歌ごよみ」

【2019年9月14日 放送分】
【2019年9月7日 放送分】
【2019年8月31日 放送分】
【2019年8月24日 放送分】
【2019年8月17日 放送分】
【2019年8月10日 放送分】
【2019年8月3日 放送分】
【2019年7月27日 放送分】
【2019年7月20日 放送分】
【2019年7月13日 放送分】
上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年9月14日 放送分】
2019年9月14日
【巻】…10・2160

【歌】…庭草に村雨(むらさめ)ふりて 蟋蟀(こほろぎ)の鳴く声聞けば 秋づきにけり

【訳】…庭草に村雨が降ってコオロギが鳴く声を聴くと、秋らしくなってきたなあと思われる

【解】…村雨は、降ったり止んだりするムラのある雨からくる言葉で、いわゆる、にわか雨のことです。虫たちは、土砂降りの雨では鳴きませんが、にわか雨が降って適度に湿った環境は大好き。きっと、元気よく鳴いていたのでしょう。雨で気温が少し下がって、暑さにくたびれていた庭草が生き返り、コオロギの歌声が心地よく聴こえる・・「ああ秋だなあ」と作者が感じた瞬間を切り取った歌です。この感性は現代に至っても全く同じで、日本列島での長い歴史で培われてきた情操と言えるでしょう。ちなみに上野誠さんによると、外国文学では、虫が鳴いているのは、あまりよくないことの前兆を表したりするそうで、日本の文学を訳する時は、虫の声は秋の気配を示すと、わざわざ注釈を加えないといけないそうです。同じ現象でも国によって感じ方が、こんなに違うのですね。

上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年9月7日 放送分】
2019年9月7日
【巻】…8・1573

【歌】…秋の雨に濡れつつをれば 賤(いや)しけど我妹(わぎも)が宿し思ほゆるかも

【訳】…秋の雨に濡れながらたたずめば、粗末ではあるけれど恋人の家が思われることだなあ

【解】…季節の変わり目には雨がよく降ります。春雨、梅雨、秋雨と呼び名は違いますが、それぞれ降るごとに季節が深まっていき、人の心情にも影響を及ぼします。今回の歌は、秋雨がテーマ。作者の大伴利上(としかみ)は、何らかの理由で、雨に濡れたようです。体が冷えて、人恋しくなったのでしょうか。ふと心に浮かんだのは恋人の家でした。決して華やかでなく、むしろ粗末な家ですが、恋人との大切な時間が温かく思い出されたのでしょう、歌には悲壮感などは感じられません。
夏がすぎ、秋の入り口に立った時、少し寂しい感覚と同時に、人の温もりの心地よさを思い起こした経験、皆さんもあるのではないでしょうか。

上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年8月31日 放送分】
2019年8月31日
【巻】…20・4310

【歌】…秋されば霧立ち渡る 天の川石並置かば継ぎて見むかも

【訳】…秋がやって来ると霧が立ち渡る。天の川に石を並べておくと絶えず二人は会えるのかなあ。そんなことなど、あるはずもない

【解】…大伴家持がひとり天の川を眺めながら作ったもの。「秋されば」は、秋が去るのではなく、やって来ればという意味。秋ならではの霧が発生して、天の川にかかっていたのでしょう。そこで家持が想像したのは、天の川に石が並べてあったら・・。
彦星と織女は、霧にまぎれて、石を渡って毎日でも行き来できるようになるのではないか。こういう想像をしたのは、もしかすると、家持自身がこの時、なかなか逢えないでいる人がいたのかもしれません。
ちなみに、秋は霧、春は霞がつきものですが、霧も霞も同じ原理で出来る自然現象です。万葉の時代は、その区別が完全には決められていないので、春の霧とか秋の霞が登場します。

上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年8月24日 放送分】
2019年8月24日
【巻】…20・4485

【歌】…時の花いやめづらしも かくしこそ見(め)し明(あきら)めめ 秋立つごとに

【訳】…時の花は大そう珍しい。このようにご覧になって、秋がやってくるごとにくつろいで下さいね

【解】…大監物三形王(だいけんもつ・みかたのおほきみ)の邸宅で催された宴で、大伴家持が作った歌。季節は夏の終わり。時の移ろいに思いを馳せながら、時の花、つまり季節の花について詠んでいます。夏から秋へ・・その変化に気付いていなくても、季節の花は、時期になったら忘れずに咲いて、秋の到来を知らせてくれます。季節ごとの花を愛でていくことが、我々生きている人間には大切だと、家持は伝えているのでしょう。
現代に目をやれば、都市化が進んだ場所では、人々の生活は、とかく自然から遠ざかりがち。でも、季節の花に少し目線を移すことで、人が自然の営みの中で生きていることを思い出すことができるのではないでしょうか。

上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年8月17日 放送分】
2019年8月17日
【巻】…3・450

【歌】…行くさには二人わが見しこの崎を ひとり過ぐれば こころ悲しも

【訳】…行きがけは二人で見た崎を一人で過ぎてゆくと心が悲しい

【解】…前回と同じく、大伴旅人が妻を失った悲しみを詠んだ歌。赴任地である九州・大宰府に夫婦で行ったものの、妻である大伴郎女が亡くなり、一人で都へ帰る途中、大伴旅人は神戸の敏馬(みぬめ)という場所を通ります。ここは、現在の神戸市灘区の内陸になりますが、当時は海が近く、眺めがとてもいい所だったようです。本当なら、もうすぐ都に帰り着く状況で美しい場所に立てば、期待感と共に気持ちよく眺められたでしょうが、妻を亡くした独り身には、余計に哀しみを深くする風景だったのではないでしょうか。また、「みぬめ」という地名は、相手の目を見られない、つまり妻の目を見ることができない状況への掛け言葉のようにもなっています。