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上野誠の万葉歌ごよみ
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歌ごよみ!
上野誠コラム
上野誠の万葉歌ごよみ
毎週土曜日 朝 5:30〜5:45

上野誠(奈良大学文学部教授)
上田悦子(MBSアナウンサー)
★上田悦子アナウンサーブログ
utagoyomi_p@mbs1179.com
上野先生に聞いてみたい事、番組の感想など何でもお寄せください。
〒530-8304 MBSラジオ
「上野誠の万葉歌ごよみ」

【2019年4月13日 放送分】
【2019年4月6日 放送分】
【2019年3月30日 放送分】
【2019年3月23日 放送分】
【2019年3月16日 放送分】
【2019年3月9日 放送分】
【2019年3月2日 放送分】
【2019年2月23日 放送分】
【2019年2月16日 放送分】
【2019年2月9日 放送分】
上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年4月13日 放送分】
2019年4月13日

【巻】5・816

【歌】…梅の花 今咲けるごと散り過ぎず
    わが家(へ)の園(その)にありこせぬかも

【訳】…梅の花よ、今咲いているように咲き続けて咲き続けて散り過ぎず
    この家の庭にあり続けてほしいものだ

【解】…新元号「令和」は、万葉集 梅花の歌32首の序文から採られました。
令和は、序文の前半の部分から採られましたが、
今回はその序文の後半の部分についての解説です。

「加以(しかのみにあらず)、曙(あけぼの)の峯に雲移り、松は羅(うすもの)を掛けて蓋(きぬがさ)を傾け、夕べの岫(くき)に霧結び、鳥はうすものに封(こ)めらえて林に迷(まよ)ふ。庭には新蝶舞ひ、空には故雁(こがん)帰る。
ここに天を蓋(きぬがさ)とし、地を座(しきゐ)とし、膝を促(ちかづ)け
觴(さかづき)を飛ばす。言(こと)を一室の裏に忘れ、、衿(ころものくび)を煙霞(えんか)の外に開く。淡然(たんぜん)に自ら放(ほしきまま)にし、快然に自ら足る。」

それだけではないよ、朝焼けをみると、峰には雲があってきれいで、松を見ると、春がおぼろな時期であるために、霧が薄い着物のようにかかっていて、さらに、夕方になると霧が出てきて鳥たちが庭のところに飛んできて、そこには今年生まれた蝶が舞っている。ふと空を見ると雁がかえっていく、まさに春の訪れだ。
こんな良い日には宴会をしなくちゃね。どんなふうに宴会するかというと、
日よけのために偉い人に傘をかけるがその傘はこの美しい空、敷物は大地そのもので、盃が飛び交うようにみんなでお酒を交わし、衿をほどいてリラックスして飲んで気分がさっぱりした。
こんな楽しい宴会の日には、みんなで歌を作ろうよ、となってできたのが梅花の宴32首。

816番の歌は、小野老がわが家の園にとは、自分の家に庭を指すので、本来ならば、小野老の家の庭となりますが、これは、大伴旅人の庭で宴会している小野老が、まるで自分の家のようにくつろいで、リラックスして楽しんだから、このような表現をしている。
あまりにも居心地が良くて、みんなの庭のように感じてもらえることは、亭主にとっても喜ばしいことで、招いた側をほめている。
褒め上手で、亭主への気遣いが感じられる歌です。

上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年4月6日 放送分】
2019年4月6日
【巻】5・815

【歌】…正月(むつき)立ち春の来(きた)らば
    かくしこそ梅を招(を)きつつ楽しき終(を)へめ

【訳】…お正月がやってきて、毎年毎年、春がやって来たら
    このようにして梅を招いて楽しさの限りを尽くそうよ

【解】…新元号「令和」は、万葉集 梅花の歌32首の序文から採られました。
まずはその序文についての解説です。
730年に、大伴旅人の邸宅で梅の花見をする宴会が行われた。
みんなで歌ったものを集めて編集したものに、序文という説明文を付ける必要があり、序文は山上憶良または大伴旅人という2つの説がありますが、序文には名前を知らさないことに意味があったのかもしれない。
みんなで楽しい宴会をしているので、誰が序文を書いたかを記すことは無粋だったとされる。

「初春の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和ぎ、梅は鏡前(きやうぜん)の粉(ふん)を披(ひら)き、蘭(らん)は珮後(はいご)の香(かう)を薫(かを)らす。」

お正月の良い月に、天候が良くて、風が柔らかく吹き、頬を撫でるようなこの季節。
ふと見ると、梅は鏡の前にあるおしろいのように真っ白く咲き、その匂いは帯に着けるにおい袋のように匂っている。
古代は匂いの良いものは蘭といわれていたので、梅も蘭といわれていた。

この「令和」は平和への願いでもあり、いろんな平和がある中で、親しい友達との楽しいお花見が一番良いなあという願いが込められているのではないでしょうか。

巻5・815の歌は、32首のこの宴で、一番最初に歌われたもので、紀男人(きのおひと)が詠んだ歌。
    大宰府で位が一番高いのが大伴旅人で、紀男人の位はナンバー2だけど、宴のトップに歌った。それは、大伴旅人自身はホストなので、ナンバー2が全てのゲストを代表して歌を歌うからです。

春の来らば=春がやってきたら
かくしこそは=このように
梅を招きつつ=梅をお招きして(私たちの宴の主賓、それは梅さんですよという意味)
楽しき終へめ=楽しさを味わい尽くすという意味。

ナンバー2の紀男人が主賓のご挨拶として歌を詠んだが、主賓は自分ではなく主の庭の梅さんですよ、と褒めているところに繊細な気遣いが感じられます。

万葉集は粋な文学であり、おしゃれで、相手を思いやる気遣いの文学であることを感じさせられる一首です。

上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年3月30日 放送分】
2019年3月30日
【巻】10・1864

【歌】…あしひきの山の間(ま)照らす桜花
    この春雨に散りゆかむかも

【訳】…あしひきの山の間を照らす桜花
    この春雨で散ってゆくのであろうか

【解】…あきひきのは、山にかかる枕詞。
山の間とは、山と山の間の谷間になっているところ。
照らす桜花は、谷間の影になっているところに桜の花が咲いて、スポットライトがあたっているかのように、輝いて見える様子。
桜が散ると、その場所も普通の場所に戻ってしまうよねという気持ちが込められていて、まだ散ったわけでもないのに、今降っている春雨で散っていくことが心の中で見えていて、類推している。
人生の無常の歌ともいえるかもしれません。

上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年3月23日 放送分】
2019年3月23日
巻】10・1866

【歌】…春雉(きぎし)鳴く高円(たかまと)の辺(へ)に
    桜花散りて流(なが)らふ 見む人もがも

【訳】…キギシが鳴く高円のあたりに
    桜花が散って流れてゆく 共に見る人がいればよいのだが

【解】…キギシとは、キジのことで、キジの鳴き声のこと。
高円は現代ではたかまどですが、古代ではたかまとという。
平城京の東にある高円の山はあり、平城京に住んでいた人は良く見ていた山。
散って流れてゆくとは、桜の花が人知れず咲き、人知れず散り、風が吹いて流れていくような様子です。
花の美しさは、つぼみの時、満開の時、そして散りゆく時、また来年咲くという生命の循環を楽しむことができるものです。
花をめぐる想いを感じながら詠んでみたい歌です。

上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年3月16日 放送分】
2019年3月16日
【ラジオウォーク特集D】
【巻】6・1044

【歌】…紅(くれなゐ)に深く染みにしこころかも
    奈良の都に年の経(へ)ぬべき
    
【訳】…紅色に深く深く染み込んだかあなあ、
    奈良の都に長く長く年を重ねることであろうか

【解】…平城京といっても様々な変遷がある。
    聖武天皇が都を一時期、恭仁京など違う場所へ移したりしていて、家族は平城京に残るので、平城京が荒れた時期があった。
    紅色(くれないいろ)というのは、呉からやってきた藍色で、藍色は青ではなく、目立つ色という意味。紅色は、紅花の花から作る染料で、女性の美しい顔色は万葉集では赤色。
深く染みにしとは、忘れられない思い出で、
今、私たちが平城京で過ごした時間は鮮やかなもので、旧都である平城京への愛着を表している。