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上野誠の万葉歌ごよみ
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歌ごよみ!
上野誠コラム
上野誠の万葉歌ごよみ
毎週土曜日 朝 5:30〜5:45

上野誠(奈良大学文学部教授)
上田悦子(MBSアナウンサー)
★上田悦子アナウンサーブログ
utagoyomi_p@mbs1179.com
上野先生に聞いてみたい事、番組の感想など何でもお寄せください。
〒530-8304 MBSラジオ
「上野誠の万葉歌ごよみ」

【2019年4月27日 放送分】
【2019年4月20日 放送分】
【2019年4月13日 放送分】
【2019年4月6日 放送分】
【2019年3月30日 放送分】
【2019年3月23日 放送分】
【2019年3月16日 放送分】
【2019年3月9日 放送分】
【2019年3月2日 放送分】
【2019年2月23日 放送分】
上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年4月27日 放送分】
2019年4月27日
【巻】11・2786

【歌】…山吹のにほへる妹が
    朱華色(はねずいろ)の赤裳(あかも)の姿 夢(いめ)に見えつつ

【訳】…山吹が照り輝くようなあの子の朱華色の赤い裳の姿
    ずっとずっとあの子の夢を見ている

【解】…山吹は華やかで清潔感のある花。
にほへるとは照り輝く美しさを表している。
朱華色は桃色ががった紅色のこと。
赤裳とは赤いスカートのことで、当時のおしゃれとされていた。
裳は巻きスカートで、女性のおしゃれの競争で、色はもちろんのこと、
刺繍など装飾もされているものだった。
黄色い山吹のように輝いているというような恋人のイメージに、さらにその恋人が紅色のスカートを着ている姿を夢で見ているという、
色彩豊かに表現されているのが特徴の歌です。

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上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年4月20日 放送分】
2019年4月20日
【巻】4・784

【歌】…うつつには更にも得(え)言はじ
    夢(いめ)にだに妹が手本(たもと)をまき寝(ぬ)とし見ば

【訳】…現実には、全く会うことなんてありえない、
   せめて、夢だけでもあの子のたまくらで寝ているところを見られたら良いのになあ

【解】…うつつとは現実のこと。
え〜ずは、打消しでの形で、えいはじとは言うこともできますまいという意味。
夢は読むときはいめと読む。
妹は愛しい恋人。
まき寝とし見ばとは、腕枕で寝ることで、昔は男性が女性の腕枕で寝ていた。
腕枕で寝ている様子を夢として第三者としてみている様子。
夢と現実の対比が面白い歌です。

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上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年4月13日 放送分】
2019年4月13日

【巻】5・816

【歌】…梅の花 今咲けるごと散り過ぎず
    わが家(へ)の園(その)にありこせぬかも

【訳】…梅の花よ、今咲いているように咲き続けて咲き続けて散り過ぎず
    この家の庭にあり続けてほしいものだ

【解】…新元号「令和」は、万葉集 梅花の歌32首の序文から採られました。
令和は、序文の前半の部分から採られましたが、
今回はその序文の後半の部分についての解説です。

「加以(しかのみにあらず)、曙(あけぼの)の峯に雲移り、松は羅(うすもの)を掛けて蓋(きぬがさ)を傾け、夕べの岫(くき)に霧結び、鳥はうすものに封(こ)めらえて林に迷(まよ)ふ。庭には新蝶舞ひ、空には故雁(こがん)帰る。
ここに天を蓋(きぬがさ)とし、地を座(しきゐ)とし、膝を促(ちかづ)け
觴(さかづき)を飛ばす。言(こと)を一室の裏に忘れ、、衿(ころものくび)を煙霞(えんか)の外に開く。淡然(たんぜん)に自ら放(ほしきまま)にし、快然に自ら足る。」

それだけではないよ、朝焼けをみると、峰には雲があってきれいで、松を見ると、春がおぼろな時期であるために、霧が薄い着物のようにかかっていて、さらに、夕方になると霧が出てきて鳥たちが庭のところに飛んできて、そこには今年生まれた蝶が舞っている。ふと空を見ると雁がかえっていく、まさに春の訪れだ。
こんな良い日には宴会をしなくちゃね。どんなふうに宴会するかというと、
日よけのために偉い人に傘をかけるがその傘はこの美しい空、敷物は大地そのもので、盃が飛び交うようにみんなでお酒を交わし、衿をほどいてリラックスして飲んで気分がさっぱりした。
こんな楽しい宴会の日には、みんなで歌を作ろうよ、となってできたのが梅花の宴32首。

816番の歌は、小野老がわが家の園にとは、自分の家に庭を指すので、本来ならば、小野老の家の庭となりますが、これは、大伴旅人の庭で宴会している小野老が、まるで自分の家のようにくつろいで、リラックスして楽しんだから、このような表現をしている。
あまりにも居心地が良くて、みんなの庭のように感じてもらえることは、亭主にとっても喜ばしいことで、招いた側をほめている。
褒め上手で、亭主への気遣いが感じられる歌です。

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上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年4月6日 放送分】
2019年4月6日
【巻】5・815

【歌】…正月(むつき)立ち春の来(きた)らば
    かくしこそ梅を招(を)きつつ楽しき終(を)へめ

【訳】…お正月がやってきて、毎年毎年、春がやって来たら
    このようにして梅を招いて楽しさの限りを尽くそうよ

【解】…新元号「令和」は、万葉集 梅花の歌32首の序文から採られました。
まずはその序文についての解説です。
730年に、大伴旅人の邸宅で梅の花見をする宴会が行われた。
みんなで歌ったものを集めて編集したものに、序文という説明文を付ける必要があり、序文は山上憶良または大伴旅人という2つの説がありますが、序文には名前を知らさないことに意味があったのかもしれない。
みんなで楽しい宴会をしているので、誰が序文を書いたかを記すことは無粋だったとされる。

「初春の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和ぎ、梅は鏡前(きやうぜん)の粉(ふん)を披(ひら)き、蘭(らん)は珮後(はいご)の香(かう)を薫(かを)らす。」

お正月の良い月に、天候が良くて、風が柔らかく吹き、頬を撫でるようなこの季節。
ふと見ると、梅は鏡の前にあるおしろいのように真っ白く咲き、その匂いは帯に着けるにおい袋のように匂っている。
古代は匂いの良いものは蘭といわれていたので、梅も蘭といわれていた。

この「令和」は平和への願いでもあり、いろんな平和がある中で、親しい友達との楽しいお花見が一番良いなあという願いが込められているのではないでしょうか。

巻5・815の歌は、32首のこの宴で、一番最初に歌われたもので、紀男人(きのおひと)が詠んだ歌。
    大宰府で位が一番高いのが大伴旅人で、紀男人の位はナンバー2だけど、宴のトップに歌った。それは、大伴旅人自身はホストなので、ナンバー2が全てのゲストを代表して歌を歌うからです。

春の来らば=春がやってきたら
かくしこそは=このように
梅を招きつつ=梅をお招きして(私たちの宴の主賓、それは梅さんですよという意味)
楽しき終へめ=楽しさを味わい尽くすという意味。

ナンバー2の紀男人が主賓のご挨拶として歌を詠んだが、主賓は自分ではなく主の庭の梅さんですよ、と褒めているところに繊細な気遣いが感じられます。

万葉集は粋な文学であり、おしゃれで、相手を思いやる気遣いの文学であることを感じさせられる一首です。

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上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年3月30日 放送分】
2019年3月30日
【巻】10・1864

【歌】…あしひきの山の間(ま)照らす桜花
    この春雨に散りゆかむかも

【訳】…あしひきの山の間を照らす桜花
    この春雨で散ってゆくのであろうか

【解】…あきひきのは、山にかかる枕詞。
山の間とは、山と山の間の谷間になっているところ。
照らす桜花は、谷間の影になっているところに桜の花が咲いて、スポットライトがあたっているかのように、輝いて見える様子。
桜が散ると、その場所も普通の場所に戻ってしまうよねという気持ちが込められていて、まだ散ったわけでもないのに、今降っている春雨で散っていくことが心の中で見えていて、類推している。
人生の無常の歌ともいえるかもしれません。
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