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上野誠の万葉歌ごよみ
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歌ごよみ!
上野誠コラム
上野誠の万葉歌ごよみ
毎週土曜日 朝 5:30〜5:45

上野誠(奈良大学文学部教授)
上田悦子(MBSアナウンサー)
★上田悦子アナウンサーブログ
utagoyomi@mbs1179.com
上野先生に聞いてみたい事、番組の感想など何でもお寄せください。
〒530-8304 MBSラジオ
「上野誠の万葉歌ごよみ」

【2019年11月16日 放送分】
【2019年11月9日 放送分】
【2019年11月2日 放送分】
【2019年10月26日 放送分】
【2019年10月19日 放送分】
【2019年10月12日 放送分】
【2019年10月5日 放送分】
【2019年9月28日 放送分】
【2019年9月21日 放送分】
【2019年9月14日 放送分】
上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年11月16日 放送分】
2019年11月16日
【巻】…10・2276

【歌】…雁がねの初声(はつこえ)聞きて咲き出たる宿の秋萩 見に来(こ)わが背子

【訳】…雁がねの初声を聞いて咲き出した宿の秋萩を見に来て下さいね、わが背子よ

【解】…「宿」は、自宅とその庭を指します。日本は四季がはっきりしていますから、庭は、季節ごとに楽しめるように工夫されていて、作者の庭では、雁の初声が聞こえると萩が咲き始めるというのが、毎秋の風景だったようです。
この歌で作者は、今年も秋萩が咲き出したので「見に来」と恋人の男性を誘っています。「見に来」というのは、見に来なさいよという命令口調の表現。二人は、長い付き合いで、毎年この風景を楽しむ仲だから、このような表現になったのか、もしくは、年下の彼氏だったからか・・事実は分かりませんが、関係性を色々と想像できます。歌は、少ない文字数の中に、どのように情報を入れるのか、そして、それを読んだ人がどのように想像をふくらませるか、そのキャッチボールが魅力の一つですね。

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上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年11月9日 放送分】
2019年11月9日
【巻】…10・2144

【歌】…雁(かり)は来ぬ 萩は散りぬと さ雄鹿の鳴くなる声もうらぶれにけり

【訳】…雁はやって来た、萩は散ってしまった、そうなると雄鹿の鳴く声も力なく聞こえてしまう

【解】…雁、萩、鹿・・秋のスター勢ぞろいの歌です。雁は日本で越冬するために、秋の終わりにやって来ます。そのころ、花期が長い萩も散ってしまい、後は鹿の声だけが響きますが、その鹿も、恋の季節が終わって「うらぶれにけり」。つまり、力なく寂しげに聞こえたのでしょう。こういう場合、聞く人によっては、「こんな季節でも鹿は鳴いている。自分も頑張ろう」と思うこともあるのかもしれませんが、秋はやはり、寂しい気持ちと共振して聞こえるものです。反対に春は、色々な音が、芽吹く希望として耳に入ってきます。自然のうつろいは、環境だけでなく、人の心にも変化をもたらせてくれているのでしょう。ただ、最近は、温暖化の影響なのか、秋や春の実感がなく、寒い冬と暑い夏だけが印象に残ってしまいます。

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上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年11月2日 放送分】
2019年11月2日
【巻】…7・1409

【歌】…秋山の黄葉(もみち)あはれと うらぶれて入りにし妹は待てど来まさず

【訳】…秋山の紅葉があはれだと言って、うらぶれて山に入った妹は待っても待っても帰って来ない

【解】…花や紅葉など自然の姿は、その時の心情によって見え方が違ってくるもの。例えば、嬉しい時に見る紅葉は艶やかで、悲しい時は妖しげに映ったりします。今回の歌は、最愛の恋人を失った人の挽歌、悲しみの歌です。人は、悲しみが際立つと、その悲しみの言葉を避けようとする心の作用があります。特に、大切な人が亡くなった時、「死んだ」という直接的な言葉を口にしたくないものです。この歌の場合、恋人が亡くなったと直接言わないで、紅葉が美しいと山に入ったまま帰らないと表現しています。美しいものは、人の心を奪ってしまう妖しさを含んでいますから、恋人の死を紅葉の美しさの中に包んで、生死の境をおぼろげにしたのかもしれません。「待てど来まさず」、つまり、待っても待っても帰って来ないとしているところには、恋人のことを諦めきれない作者の気持ちが滲んでいます。

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上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年10月26日 放送分】
2019年10月26日
【巻】…8・1582

【歌】…めづらしき人に見せむと もみち葉を手折りぞ吾(あ)が来し 雨の降らくに

【訳】…心ひかれる人に見せようと紅葉を手折って持って来ましたよ、雨が降っていたとしてもね

【解】…橘朝臣奈良麻呂が主催した宴会で詠まれた歌11首のうちの2首目で、奈良麻呂自身の作品です。少し乱暴な解釈をすると、奈良麻呂が「主人の私が、雨が降っているにも関わらず、紅葉を手折って持って来ましたよ。この努力をみてくださいよ。私って風流でしょ?」と、訴えています。自分を認めてください!と、押しつけがまく主張する歌に思えますが、実は、宴会の主人として場の雰囲気を和ませようと、このように詠んだものと考えられます。主人がこのように、はしゃいだ雰囲気を出すと、参加者も楽しみやすくなるからです。橘朝臣奈良麻呂とは、きっとホスピタリティに満ちた人だったのでしょうね。ちなみに、「めづらしき人」というのは、愛おしい人という意味で、恋人を指すことが多いのですが、この歌では、参加した人々を、恋人くらいに大切な存在だとして、このように表現したものと思われます。

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上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年10月19日 放送分】
2019年10月19日
【巻】…10・2216
 
【歌】…故郷の初もみち葉を手折り持ち 今日ぞわが来し見ぬ人のため

【訳】…故郷の初もみじ葉を手に持って今日私はやって来ましたよ、まだ見ない人のために

【解】…この歌の「故郷」は、作者個人の故郷ではなく、飛鳥を指していると思われます。都が平城京に移っても、長きにわたって人々の生活が刻まれた飛鳥の地への郷愁は、多くの人たちの心に宿っていたに違いありません。そういった「故郷」の初紅葉は、きっと格別の意味を持っていたのでしょう。そして、その紅葉を、「見ぬ人のため」に持ってきたという作者。まだ見ぬ人というのは、飛鳥の初紅葉をまだ見ていない家族や友人、という解釈もできますが、全体のニュアンスから推測すると、きっと、まだ出会っていない恋人のことでしょう。将来出会うかも知れない恋人のために、大切な思いのこもった飛鳥の初紅葉を持って来たと詠む作者は、ある意味ロマンチックな人だったのでしょうか。

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