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上野誠の万葉歌ごよみ
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上野誠の万葉歌ごよみ
毎週土曜日 朝 5:30〜5:45

上野誠(國學院大學 教授)
上田悦子(MBSアナウンサー)
★上田悦子アナウンサーブログ
utagoyomi@mbs1179.com
上野先生に聞いてみたい事、番組の感想など何でもお寄せください。
〒530-8304 MBSラジオ
「上野誠の万葉歌ごよみ」

【2021年9月11日 放送分】
【2021年9月4日 放送分】
【2021年8月28日 放送分】
【2021年8月21日 放送分】
【2021年8月14日 放送分】
【2021年8月7日 放送分】
【2021年7月31日 放送分】
【2021年7月24日 放送分】
【2021年7月17日 放送分】
【2021年7月10日 放送分】
上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【2021年9月11日 放送分】
2021年9月11日
【巻】…10・2119

【歌】…恋しくは形見にせよと わが背子が植ゑし秋萩花咲きにけり

【訳】…恋しくなったならば形見にせよと私のよい人が植えてくれた秋萩、その秋萩が今、花を咲かせたことだ

【解】…形見というのは、亡くなった人を思うよすがとなるものを指すことが多いですが、古典では、生き別れの際にも使われることが少なくありませんでした。この歌もそうで、形見となったのは秋萩。作者と恋人(男性)は、何らかの理由で、しばらく会えなくなったようで、別れの際に「これで私のことを思い出してくれ」と、恋人が植えたものです。その萩が花を咲かせたと歌った作者は、花が咲く時期になっても会えない寂しさと、恋人への切なる思いを作品にこめたのではないでしょうか。

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上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【2021年9月4日 放送分】
2021年9月4日
【巻】…8・1565

【歌】…わが宿の一群萩(ひとむらはぎ)を 思ふ子に見せずほとほと散らしつるかも

【訳】…私の家の一群萩を、愛しいあの子に見せないままに、もう少しで散らせてしまうところだった

【解】…大伴家持が、日置長枝娘子(へきのながえをとめ)から贈られた歌(1564番の歌)に応えて詠んだもの。日置長枝娘子の歌は、「秋らしくなると尾花の上に置く露のように、消え入るばかりに私は思われることよ」という内容で、家持と長い間会えないでいることの寂しさを訴えています。いわば、ラブレターのようなものですね。これに対し家持は、庭先にある一群の萩「わが宿の一群萩」を、「思ふ子」に見せないままに散らせてしまうところだったと歌っています。「思ふ子」とは、愛しい女性、つまり日置長枝娘子のことで、ラブレターをもらわなければ、一緒に庭の萩を見る機会を逸するところでした、と返しているのです。この後、実際に二人がデートをしたのかどうか、どこにも記録は残っていませんが、きっと楽しい時間を過ごしたことでしょう。

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上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【2021年8月28日 放送分】
2021年8月28日
【巻】…8・1542

【歌】…わが丘の秋萩の花 風を疾(いた)み散るべくなりぬ 見む人もがも

【訳】…私の丘の秋萩の花、風がはやいので今にも散ってしまいそうだ、一緒に見る人がいればよいのになあ

【解】…前週に続いて、大伴旅人の歌2首のうちの2首目。旅人の生活圏にある「わが丘」では秋萩が花を咲かせていますが、丘の上のせいか、風が激しくて花が散ってしまいそうです。せっかくの美しい花を一緒に見る人がいたらいいのになあ、と「今」を惜しむ気持ちでこの歌を詠んだのでしょう。一人で見るよりも、一緒に見る人がいる方が楽しいというのは、誰もが思うところではないでしょうか。特に、萩の花は、どちらかというと地味なところがあるだけに、そういう花を一緒に楽しみたいと思うのは、本当にそばにいて欲しいと思える相手を想像しているのではないでしょうか。

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上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【2021年8月21日 放送分】
2021年8月21日
【巻】…8・1541

【歌】…わが丘にさ雄鹿来鳴く 初萩の花妻(はなづま)問ひに来鳴くさ雄鹿

【訳】…私の丘にさ雄鹿がやって来て鳴いた、初萩の花妻を問いにやって来て鳴くさ雄鹿

【解】…今回は、大伴旅人の歌2首のうちの1首目。「わが丘」というのは、旅人が住んでいる場所が丘の上か、住まいの近くに丘があったのか、いずれにしても、その身近さから「わが丘」と呼んでいるのでしょう。歌では、その「わが丘」に雄鹿が花妻問いにやって来て鳴いているとのこと。花妻というのは、花のように美しい妻という解釈がありますが、この歌の場合は、花そのものが妻という意味。その花とは、今年初めて見つけた「初萩」です。萩の花が開花する頃に鹿が交尾期に入るからか、古代では、鹿と萩が夫婦になるというイメージがありました。丘で鳴く雄鹿の響きを聞いた旅人は、雄鹿と初萩の恋模様を想起してこの歌を詠んだのでしょう。

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上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【2021年8月14日 放送分】
2021年8月14日
【巻】…2・239

【歌】…難波潟(なにはがた)潮干(しほひ)なありそね 沈みにし妹が姿を見まく苦しも

【訳】…難波潟よ干あがってくれるなよ、沈んでいる妹の姿を見るのはつらいものだから

【解】…和同4年(711年)に河辺宮人(かはべのみやひと)が詠んだ歌。当時、難波には難波潟という浅瀬があって、潮の満ち引きによって陸地が見えたり、水に没したりしていました。その難波潟で河辺宮人は、「潮よ干あがってくれるなよ」と歌っています。水が引くと、ここで亡くなった乙女の亡骸を見ることになるから、と。彼は、亡くなった乙女の姿を実際に見たのか、それとも、そういう話を聞いただけなのかは、この歌からは分かりません。多分、見知らぬ女性の死に偶然、居合わせたことがあったのだと推測されますが、潮が満ち引きするのを見ているうちに、その死への感傷が湧き起り、この歌となったのではないでしょうか。

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