MBSラジオがパソコンで聴ける!インターネットラジオサービス「radiko」
上野誠の万葉歌ごよみ
ポッドキャストの楽しみ方
ポッドキャストの受信ソフトに、このバナーを登録すると音声ファイルが自動的にダウンロードされます。
ポッドキャストの説明はコチラ
歌ごよみ!
上野誠コラム
上野誠の万葉歌ごよみ
毎週土曜日 朝 5:30〜5:45

上野誠(奈良大学文学部教授)
上田悦子(MBSアナウンサー)
★上田悦子アナウンサーブログ
utagoyomi@mbs1179.com
上野先生に聞いてみたい事、番組の感想など何でもお寄せください。
〒530-8304 MBSラジオ
「上野誠の万葉歌ごよみ」

【2020年7月11日 放送分】
【2020年6月27日 放送分】
【2020年6月20日 放送分】
【2020年6月13日 放送分】
【2020年6月6日 放送分】
【2020年5月30日 放送分】
【2020年5月23日 放送分】
【2020年5月16日 放送分】
【2020年5月9日 放送分】
【2020年5月2日 放送分】
上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2020年7月11日 放送分】
2020年7月11日
【巻】…7・1381

【歌】…広瀬川袖つくばかり浅きをや 心深めて吾(あ)が思へるらむ

【訳】…広瀬川は袖つくばかりに浅いのに、私は深く深く思っています、あの人のことを

【解】…広瀬川は奈良盆地の西側を走る川。立って渡っても袖が濡れるくらいの水深でしかないと、この歌は詠んでいますが、広瀬川のことを伝えたい訳ではありません。川が浅いことを持ち出しながら、自分の恋心はそんな浅いものではないですよ、と表現しているのです。人の心は見えないものですから、「あなたのことを思っています」というだけでは、本当かどうか分かりませんので、目に見える川の深さを引き合いに出すことで、イメージしやすくしたのかもしれません。

ところで、上野誠さんの著書「万葉学者、墓をしまい母を送る」が、
第68回エッセイスト・クラブ賞を受賞しました。
もしよかったら読んでみてください!

停止

上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2020年6月27日 放送分】
2020年6月27日
【巻】…11・2456

【歌】…ぬばたまの黒髪山の山菅(やますげ)に 小雨降りしき しくしく思ほゆ

【訳】…ぬばたまの黒髪山の山菅に小雨がしきりに降る。しきりに降る小雨ではないけれど、しきりにしきりに、あなたの事が想われる

【解】…「降りしき」は、雨がずっと降り続いている様を表しています。この「降りしき」の「しき」は、次の「しくしく」という言葉を起こしているのです。現代でしたら、「しくしく」は「泣く」に使われますが、古代では、時間をかけて想い続ける様を表す言葉として用いられました。燃え上がる恋とはまた違って、変わらぬ気持ちの深さが伝わってくる歌です。このように、雨の降り方で、色々な記憶がよみがえったという経験、皆さんもあるのではないでしょうか。ところで、歌の前半は、「ぬばたまの黒髪山の山菅に」と具体的な場所の名前が出てきますが、これは、「あなたとずっと想い続ける」という歌の芯の部分にはほとんど意味がありません。しかし、このように具体的な山の名前を出すことで、歌に親近感や面白みが加わることを考えたのかもしれません。

停止

上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2020年6月20日 放送分】
2020年6月20日
【巻】…7・1371

【歌】…ひさかたの雨には着ぬを あやしくもわが衣手は乾(ふ)る時なきか

【訳】…ひさかたの雨の時には着ないのに、不思議なことに私の着物は乾く時もない

【解】…「ひさかたの」は、「あめ」という音を起こす枕詞。雨を通して心情を表した歌で、「私の着物は、雨の時に着ている訳ではないのに、不思議にも乾く時がない」と詠んでいます。雨が降って濡れるのは当たり前ですが、降ってもいないのに乾く時がないというのは、おそらく涙が衣を濡らしているから。詳しい状況は何も書かず、「雨」「衣」といった物を通して、恋心や会えない寂しさを表現した作品なのです。現代の人は、会いたいと思えば、電話やオンラインで連絡すれば済む話ですが、古代は通信手段がありませんから、このような歌を相手に贈って、会いませんかと誘っていたものと思われます。

停止

上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2020年6月13日 放送分】
2020年6月13日
【巻】…6・1040

【歌】…ひさかたの雨は降りしく 思ふ子が宿に今夜(こよひ)は明して行かむ

【訳】…ひさかたの雨はしきりに降り続く、愛しいあの子の家に今晩は泊まってゆこう

【解】…聖武天皇の第二皇子である安積親王(あさかのみこ)が藤原八束(やつか)の家に行啓した際に開かれた宴で、内舎人(うどねり)として一緒に訪れた大伴家持が詠んだ歌です。宴会でお酒を飲んでいた時、途中で雨が降ってきたようで、家持は、この雨だから、恋人の家に朝まで泊まることにしよう、と詠んでいます。これは、本当に恋人の家に行こうとしているのではなく、八束の家を恋人の家に見立てて、ここで朝まで飲み明かしたい、と歌で伝えたものと思われます。恋人の家に例えることで場は盛り上がったでしょうし、ずっとここに居たいという気持ちを詠むことで、家持は、八束が催した宴会を称えたのでしょう。

停止

上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2020年6月6日 放送分】
2020年6月6日
【巻】…6・664

【歌】…石上(いそのかみ)ふるとも雨に障(つつ)まめや 妹に会はむと言ひてしものを

【訳】…石上のふるではないけれど雨が降っても引きこもってなんていられない、お前さんに会うと約束したのだから

【解】…梅雨の季節にちなんで、今週から雨に関わる歌をお届けします。「石上」は地名で、その地域に「ふる」という場所があったため、「石上」は、雨が「降る」を起こす枕詞になっています。ところで古代では、雨具は簡易なかぶり傘しかなく、交通も発達していませんでしたので、雨の日に外に出るのは大変困難なことでした。当時の男女の慣習は、妻の家に男性が通う妻問婚で、雨が降ると、約束していた訪問日に行くのが難しくなります。電話などの連絡手段がないため、男性を待つ女性も、雨が降れば今日は来ないだろうと諦めざるをえませんでした。しかし、この歌の作者である大伴像見(かたみ)は、雨でも約束したんだから行こう、と歌に詠んでいます。それほど恋の気持ちが強いことを示しているのでしょう。女性にしてみれば、こんな雨の時でも来てくれたと、男性の愛情の深さを知るきっかけになったのではないでしょうか。

停止