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上野誠の万葉歌ごよみ
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上野誠の万葉歌ごよみ
毎週土曜日 朝 5:30〜5:45

上野誠(國學院大學 教授)
上田悦子(MBSアナウンサー)
★上田悦子アナウンサーブログ
utagoyomi@mbs1179.com
上野先生に聞いてみたい事、番組の感想など何でもお寄せください。
〒530-8304 MBSラジオ
「上野誠の万葉歌ごよみ」

【2022年8月13日 放送分】
【2022年8月6日 放送分】
【2022年7月30日 放送分】
【2022年7月23日 放送分】
【2022年7月16日 放送分】
【2022年7月9日 放送分】
【2022年7月2日 放送分】
【2022年6月25日 放送分】
【2022年6月18日 放送分】
【2022年6月11日 放送分】
上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【2022年8月13日 放送分】
2022年8月13日
【巻】…2・126

【歌】…遊士(みやびを)とわれは聞けるを 宿貸さずわれを帰せりおその風流士(みやびを)

【訳】…遊士を私は聞いていたのに、宿を貸さず私を帰してしまいましたね、まぬけな風流士さんよ

【解】…石川郎女はある日、おばあさんの姿に変装して大伴田主の元を訪ね、「火が消えてしまって難儀しております。申し訳ないですが、火を分けていただけないでしょうか」と言います。この時の石川郎女の思惑は、田主が自分の変装を見破ってくれて、あわよくば、田主と一晩楽しもうというもの。ところが、大伴田主は、火を分けて石川郎女を帰してしまいました。この対応に石川郎女は悔しくて仕方なかったのでしょう。「あなたは風流人と聞いていたのに、私を帰してしまうなんて、間抜けな風流人さんですね」と、恨み節を歌っています。これに対して大伴田主は「そんな無作法な女性を泊めるような男は、本当の風流人じゃないですよ」と歌で返しています。一見、喧嘩しているように思えますが、二人はこのやりとりを楽しんでいるのでしょう。

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上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【2022年8月6日 放送分】
2022年8月6日
【巻】…2・123

【歌】…たけばぬれ たかねば長き妹(いも)が髪 このころ見ぬに掻き入(れ)つらむか

【訳】…束ねればほどけ、束ねなければ長い妹の髪。このごろ会わないので、かきあげてしまったかなあ

【解】…古代では、男女が共寝をした翌朝は、女性は髪の毛を束ねなおしたりせず、乱れ髪のまま過ごすというルールがありました。男性が触れた髪をそのままにしておくことが、相手に対する礼儀だという意味合いがあったようです。この歌を作ったのは、三方沙彌(みかたのさみ)という仏教修行中の男性で、妻の園臣生羽の娘(そののおみいくはのむすめ)に贈ったもの。夫が次に訪ねて来るまでは乱れ髪のままでいるのが通例でしたが、三方沙彌は病になってしまって、長く訪ねていませんでした。ですので、「彼女は髪をどうしているのかなあ、もう束ねてしまったかなあ」と、心に占めた思いを歌にしたのでしょう。そのままでいて欲しいという、三方沙彌の願望がにじみ出ていますね。この歌に対して園臣生羽の娘は、「人は皆、すっかり長くなった髪を束ねたらいいのではというけれど、髪が乱れたとしても、私は束ねませんよ」と返しています。あなたを待っていますよ、というメッセージに加え、病気が早く治るようにという願かけの意味も含んでいるのでしょう。

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上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【2022年7月30日 放送分】
2022年7月30日
【巻】…2・116

【歌】…人言(ひとごと)を繁(しげ)み言痛(こちた)み 己(おの)が世にいまだ渡らぬ朝川渡る

【訳】…人の噂がたいそう心をつき刺すので、まだ渡ったことのない朝川を渡ったことだ

【解】…藤原の宮の時代。当時の宰相、高市皇子(たけちのみこ)の家で同棲していた但馬皇女(たぢまのひめみこ)が、若き皇子である穂積皇子と許されざる恋をしました。秘めたる恋は、やがて世間の知るところとなります。現代でしたら、大スキャンダルとして連日大騒ぎになるでしょう。そんな状況の中で、但馬皇女が歌ったのがこの作品。まだ渡ったことのない朝川を渡るとは、穂積皇子のもとに行くという、一線を越える行動を形容した表現か、もしくは、朝日が昇った時のように、人目のある白日の下で川を渡ったということ。いずれにしても、この恋に対する覚悟のようなものを感じます。この後、二人が一緒になったのかどうか、はっきりしていませんが、但馬皇女が先に亡くなり、穂積皇子が雪の日に墓を見て涙を流したという歌が残っています。

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上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【2022年7月23日 放送分】
2022年7月23日
【巻】…1・81

【歌】…山の辺(へ)の御井(みい)を見がてり 神風(かむかぜ)の伊勢をとめども相見つるかも

【訳】…山の辺の御井を見たついでに神風の伊勢のおとめ達を見そめてしまったことよ

【解】…和銅5年(712年)4月に、長田王(ながたのおほきみ)が伊勢の斎宮(いつきのみや)に派遣された時に、山辺の御井で作った歌。山辺の御井は、伊勢に行った人が必ず寄るような場所だったようですが、それが現在のどこにあたるのか、特定はされていません。この歌で長田王は、公務で伊勢を訪れたついでに、有名な山辺の御井に寄ったところ、土地の女性と相見つめた、と詠んでいます。「相見つる」とは、単に目と目が合ったというだけではなく、親しい間柄になったというニュアンスを含んでいます。天皇のお遣いで斎宮に行っているのに、伊勢のおとめたちと、そんな楽しい時間があっていいのと、周囲から声があがりそうですが、そんな反応も承知のうえで面白く歌ったのではないでしょうか。

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上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【2022年7月16日 放送分】
2022年7月16日
【巻】…1・71

【歌】…大和恋ひ眠(い)の寝らえぬに こころなくこの渚崎廻(すさきみ)に鶴(たづ)鳴くべしや

【訳】…大和が恋しくて恋しくて寝られないのに、心なくこの渚崎に鶴が鳴いてよいものか、辛い思いは募るばかり

【解】…文武天皇が難波の宮に行幸された時に、同行した忍坂部乙麻呂(おさかべのおとまろ)が歌った歌。現代でしたら、奈良と難波は電車で1時間もかかりませんが、古代では、最短ルートでも途中で1泊か2泊しないと行けませんでした。その上、難波で仕事をするとなると、少なくとも1週間は大和(奈良)に帰れません。そんな行程の中で忍坂部乙麻呂は、ホームシックになった様子です。大和が恋しくて恋しくて眠れないのに、聴こえてきたのは鶴の鳴き声。その声は、心を癒すどころか、寂しさをよりかきたてる響きだったようで、「こんな時に鶴が鳴いてよいものか!」と訴えるように歌っています。ところで、そこまでホームシックになったのは、大和に大切な人がいたからでしょうか。

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