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上野誠の万葉歌ごよみ
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歌ごよみ!
上野誠コラム
上野誠の万葉歌ごよみ
毎週土曜日 朝 5:30〜5:45

上野誠(奈良大学文学部教授)
上田悦子(MBSアナウンサー)
★上田悦子アナウンサーブログ
utagoyomi@mbs1179.com
上野先生に聞いてみたい事、番組の感想など何でもお寄せください。
〒530-8304 MBSラジオ
「上野誠の万葉歌ごよみ」

【2020年1月18日 放送分】
【2020年1月11日 放送分】
【2020年1月4日 放送分】
【2019年12月28日 放送分】
【2019年12月21日 放送分】
【2019年12月14日 放送分】
【2019年12月7日 放送分】
【2019年11月30日 放送分】
【2019年11月23日 放送分】
【2019年11月16日 放送分】
上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2020年1月18日 放送分】
2020年1月18日
【巻】…10・1919

【歌】…国栖(くにす)らが春菜摘むらむ司馬(しば)の野の しばしば君を思ふこのころ

【訳】…国栖たちが春菜を摘んでいるのだろう、その司馬の野原。司馬の野原ではないけれど、しばしば君のことを思い出す今日このごろです

【解】…国栖とは、現在の奈良県吉野町に住んでいた山の民のことで、木の実や川魚などの採取が上手かったようです。その国栖の人々が春菜を摘んでいた場所に司馬という野原がありました。この司馬の野原は現在のどの場所かは分かりませんが、この歌では、後半の「しばしば」を引き出す序言葉として登場しているのです。つまり、歌で伝えたいのは、しばしば君のことを思い出すということなのですが、では、序の部分は全く意味がないかと言えば、そうでもありません。山の中の清らかな川が流れる地で、娘たちが若菜を摘んでいる・・そんな風景がほんのりと浮かんできます。もしかしたら、作者はそこで女性と出会ったのか、などと想像を喚起させる要素があり、単なる序というよりも、この歌の背景を浮かび上がらせる役割を担っています。

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上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2020年1月11日 放送分】
2020年1月11日
【巻】…8・1421

【歌】…春山の咲きのををりに 春菜摘む妹(いも)が白紐(しらひも) 見らくしよしも

【訳】…春山に咲く、咲き乱れるその時に、春菜を摘むあの娘の白い紐を見るのはよいものだ

【解】…お正月が終わって、花の春を楽しみましょう!という意味をこめて番組が選んだのがこの歌。「ををり」は、ほとんど耳にしない言葉ですが、花が枝を覆い、その重みで枝が沈むくらい花盛りの様子を表しています。そんな春の日に作者の目に入ったのは春菜を摘む娘たちの着物の白い紐。「こんな日に、あの娘の紐を見るのはよいものだ」と詠んでいますが、別に紐に強い関心を持っているのではありません。当時の人は、紐を解くというのはリラックスするということと、共寝をすることを意味していて、作者が「妹が白紐見らくしよしも」としているのは、
その娘に好意があって、恋人になれたらいいなあ、という気持ちを込めているのです。開放的な春の日の、ウキウキとした気分が伝わってくる歌です。ちなみに、作者の名前として尾張連(をはりのむらじ)と記載がありますが、下の名前は書かれていません。資料が伝わっていく中で下の名前が欠けてしまったものと思われます。

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上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2020年1月4日 放送分】
2020年1月4日
【巻】…17・3925

【歌】…新(あらた)しき年のはじめに 豊(とよ)の年しるすとならし 雪の降れるは

【訳】…新しい年のはじめに豊かな年の兆しとなった、雪が降ったことは

【解】…新しい年のはじめに雪が降ると、「雪かき」と称して貴族たちが宮廷に集まりました。ただ、実際に雪かきはせず、宴会をするのが目的だったようです。その宴会で、葛井連諸会という人が詠んだのがこの歌。「雪が降ったので、今年は豊かな年になる!」と、喜びの気持ちを歌い上げています。当時、新年の雪は吉兆とされていました。その由来は様々に説明されていて、当時の先進国である中国でそのように考えられていた影響とか、お米が白いので豊作がイメージされたとか、そもそも、新年に雪が降ることがめったにないので、その珍しさがめでたいと思われていたとか。いずれにしても、吉兆の雪だと称して、新年に皆が集まることが重要だったのです。疫病や飢饉など、危機があったとしても、仲間がこのように無事に集まり、自然を楽しみ、今を楽しむことこそ、大切だったのでしょう。

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上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年12月28日 放送分】
2019年12月28日
【巻】…20・4516

【歌】…新(あらた)しき年の始めの初春の今日降る雪の いや重(し)け吉事(よごと)

【訳】…新しい年のはじめの初春の今日降る雪のように、よいことが重なれよ、さらにさらに

【解】…万葉集の最後の歌。天平宝字3年(759年)正月1日、大伴家持が因幡の国(現在の鳥取の北部)に赴任していた時、因幡国の庁舎で催された宴席で家持が詠んだものです。新しい年のはじめで、初春で、しかも今日降る雪のように・・と表現を重ねることで、よい事が重なっていくようにとの願いを歌に託しています。よい事の「事」は、言葉と事柄の両方を指しています。古代の人々は、よい言葉とよい事柄を一緒のこととして理解していて、よい言葉を言えば、よい事が起きるという考えがあったようです。現代では、そのようなとらえ方は一般的ではありませんが、日々を気持ちよく送るためのヒントになりそうな気もします。万葉集のしめくくりの歌からは、「年が明けて、皆が集まることができて、美味しいものを一緒に食べて、楽しい時間を共有できて、本当によかった・・」そんなことを語り合いながら微笑む当時の人々の姿が見えてきます。
2019年も「上野誠の万葉歌ごよみ」をお聴きくださり、本当にありがとうございました。2020年も引き続き、よろしくお願いいたします!

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上野誠の万葉歌ごよみ-上野誠コラム
【2019年12月21日 放送分】
2019年12月21日
【巻】…8・1646

【歌】…ぬばたまの今夜(こよひ)の雪にいざ濡れな 明けむ朝(あした)に消(け)なば惜しけむ

【訳】…今夜の雪にさあ濡れよう、だって明けた明日の朝に消えていたら残念じゃないかね、さあ濡れよう

【解】…小治田朝臣東麻呂(をはりだのあそみあづままろ)の雪の歌一首。今夜の雪に、さあ濡れようじゃないか、と詠んでいます。その理由は、雪が明日の朝になって消えていたら悔しいから。次の1647番の歌には、梅の花と雪が登場していて、この一連はおそらく、梅の花が咲いた冬の宴会で、雪がはらはらと降ってきたのを喜んで、出席者たちが詠んだのでしょう。ただ、「雪に濡れよう」というのは、衣服の防寒機能がかなり脆弱だった当時では、少々、思い切った表現です。雪が多くない土地ならではの感性で、豪雪地帯ならこのような歌は生まれませんね。

※次回の更新は 1月6日(月)になります。

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