2026年4月19日(日)
第1542回「熊本地震10年【2】~益城町の語り部」
オンライン:語り部・NPO法人「益城だいすきプロジェクト・きままに」永田忠幸さん
10年前の2016年4月14日と、16日に発生した熊本地震。観測史上初めて、短時間のうちに最大震度7を2度記録しました。熊本県のほぼ中央北寄りに位置する益城町(ましきまち)では、町内のおよそ98%の家屋が被災するなど、大きな被害が発生しました。
益城町で農業を営んでいる永田忠幸さんの自宅は、1度目の前震には耐えたものの、2度目の本震で大きく傾き、全壊認定を受けました。地元消防団に所属していた永田さんは、地震発生直後から町の復旧・復興に携わり、2017年頃からボランティアとして、熊本地震の語り部を始めました。
現在は、NPO法人「益城だいすきプロジェクト・きままに」の一員として、主に修学旅行などで熊本を訪れる子どもたちに向けて、熊本地震の記憶と教訓を伝え続けています。長髪を後ろで束ねて口ひげを生やし着物姿で行う「語り」が人気の永田さんに、地震の経験と復興状況について話を聞きます。
↓エンディングでご紹介した本の詳細はコチラ↓
最強版プチプラ防災
https://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594102425
(番組内容は予告なく変更する場合があります)
2026年4月12日(日)
第1541回「熊本地震10年【1】~安心・安全な「車中泊避難」とは?」
オンライン:「Bosai Tech」代表取締役社長 大塚和典さん
今月14日で熊本地震の発生から10年を迎えます。熊本地震では、避難所に行かずに「車中泊」を選ぶ人が多く見られました。公園やスーパーの駐車場は車でいっぱいになり、益城町にある展示場「グランメッセ熊本」の駐車場には約2000台が並びました。避難所と異なり、車中泊では、どこに誰が避難しているか把握するのが難しく、救援物資も届けられません。狭い車中で寝泊まりすることで 「エコノミークラス症候群」による命の危険もあります。
国は2024年の防災基本計画に、やむを得ない事情で車中泊を選ぶ人への支援を盛り込みました。熊本市でも今月、新たなマニュアルを発表し、車中泊が可能な場所の指定・公開や、アプリを使った避難者の健康情報把握など、車中泊をなくすのではなく、安全に過ごせるよう支援する方向に方針転換しました。
番組では、熊本地震当時、市職員として避難所運営にあたり、退職後に車中泊避難の環境づくりを進める会社「Bosai Tech」を立ち上げた大塚和典さんに、安心・安全な車中泊について聞きます。
2026年4月 5日(日)
第1540回「新年度スタート! 一人暮らし防災」
オンライン:危機管理アドバイザー 国崎信江さん
新年度がスタートしました。就職や進学などで、この春から一人暮らしを始めた人も多いのではないでしょうか。一人暮らしだと、"収納スペースがない""食材を使い切れない"などの理由から、「その日に食べられるものを食べられる分だけ買う」という生活になりがちです。しかし、「在庫を持たない暮らしは災害時には弱い」と、危機管理アドバイザーの国崎信江さんは指摘します。
国崎さんは、レトルトカレーやパスタなど長期保存が可能で自分の好きな食べ物を普段からひとつ多めに買う「家庭内流通備蓄」を推奨しています。また、卓上のカセットコンロは、電気やガスが止まった場合にでも調理ができる優れものなので、引っ越しを機に備えるのもよいと言います。
一人暮らしの場合、トイレや浴室などへの閉じ込め対策も必要です。救助が来るまでに時間がかかると、夏場であれば熱中症、真冬であれば低体温症になる危険があります。「トイレや浴室には、防災用の笛や、防水対策をしたスマホを持ち込んでほしい」と国崎さんは話します。番組では、国崎さんに一人暮らしの防災術について聞きます。
2026年3月29日(日)
第1539回「福祉避難所の課題」
ゲスト:福祉防災コミュニティ協会理事 湯井恵美子さん
災害が起きて避難する場合、障がい者とその家族にはさまざまな困難があります。福祉防災コミュニティ協会理事の湯井恵美子さんは、重度の知的障がいがある次男と暮らしています。言葉でのコミュニケーションができず、普段と違う場所や初めて出会う人も苦手で、一般の避難所で過ごすことは難しいと言います。
障がい者や高齢者、医療的ケアが必要な人たちを受け入れるのが「福祉避難所」です。特別養護老人ホーム、障がい者施設、特別支援学校などがその役割を担うことが多く、全国に2万6000か所以上あります。ただし、直接避難できる「一時避難所」ではなく、一般の避難所にいる人の中から特に支援が必要な人を移送する「二次避難所」として利用されるのが現状です。
高齢化社会でますます必要性が高まるものの、課題の多い福祉避難所。障がいのある当事者と家族は、「個別避難計画」を立てて、避難先とよく話し合っておくほうがよいと湯井さんは話します。福祉避難所の課題と、障がい者・高齢者の避難について、湯井さんに聞きます。
2026年3月22日(日)
第1538回「防災の大切さを伝える中学生防災士」
ゲスト:中学生防災士 佐藤愛美さん
2003年から資格試験が始まった「防災士」は、社会のさまざまな場所で、防災・減災活動ができる知識と技能を証明する民間資格です。先月末時点(2026年2月末)で、およそ35万3千人が「防災士」として認証されています。
和歌山市の智辯学園和歌山中学校2年生の佐藤愛美(まなみ)さんは、防災士講座や試験を経て、去年10月「防災士」に認証されました。現在は、地域のイベントや図書館などで、「まなちゃんの防災教室」を開催したり、SNSの発信などを通じて、防災に関する啓発活動を行っています。
「まなちゃんの防災教室」は、災害時に役に立つ「紙食器の作り方」や、「防災絵本の読み聞かせ」、「防災〇×クイズ」など、年齢を問わず楽しく防災を学ぶことができる内容になっています。番組では、防災の大切さを伝えている中学生防災士の佐藤さんをゲストにお迎えします。
↓オープニングでご紹介した本の詳細はコチラ↓
最強版プチプラ防災
https://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594102425
2026年3月15日(日)
第1537回「東日本大震災15年【4】~釜石の語り部」
オンライン:語り部 川崎杏樹さん
15年前に発生した東日本大震災で、岩手県釜石市には高さ9メートル近い津波が押し寄せ、1000人を超える死者・行方不明者が出ました。しかし、海からわずか500メートル足らずの近距離に位置していた釜石東中学校と、鵜住居(うのすまい)小学校にいた生徒・児童約570人は、地震発生後、即座に避難行動をとったために全員無事でした。これはのちに「釜石の奇跡」と、メディアで度々報道されました。
鵜住居町にある震災伝承施設「いのちをつなぐ未来館」の語り部・川崎杏樹(あき)さんは、震災当時、釜石東中学校の2年生でした。大きな揺れがおさまると同時に、「絶対に津波がくる」と思い、すぐに高台に向かって走ったそうです。川崎さんは、自分たちが助かったことについて、「奇跡なんかではなく、防災教育の賜物だった」と振り返ります。
川崎さんが「いのちをつなぐ未来館」で語り継いでいる東日本大震災の記憶と教訓、そして、子どもたちの命を守るための「防災教育」について聞きます。
いのちをつなぐ未来館
https://unosumai-tomosu.jp/tsunami-memorial-hall/
2026年3月 8日(日)
第1536回「東日本大震災15年【3】~遺族が取り組む『企業防災』」
ゲスト:一般社団法人「健太いのちの教室」田村孝行さん
田村孝行さん(65歳)は、東日本大震災で長男の健太さん(当時25歳)を亡くしました。健太さんは宮城県女川町の七十七銀行女川支店に勤務していました。地震発生直後、大津波警報が発表され、町の防災無線でも「高台への避難」が繰り返し呼びかけられていましたが、銀行の支店長は、走って1分のところにある高台ではなく、銀行の屋上への避難を指示。行員たちは津波に襲われ、健太さんを含む12人が犠牲になりました。
銀行側は、「宮城県が想定していた津波の高さは最大5.9mであり、高さ10mの屋上でも大丈夫と判断した」と説明。銀行の防災計画には、屋上に避難するプランもあったと言います。しかし、女川町を襲った津波は高さ20mにもなりました。高台に避難した住民600人は無事でしたが、屋上にいた健太さんらは津波に飲まれてしまったのです。
なぜ高台に避難しなかったのか、納得のいかない父・孝行さんは、息子の命を無駄にしたくないと、「健太いのちの教室」という団体を立ち上げました。人命を第一に考え、従業員の声をきちんと受け止める「企業防災」の重要性を訴え続ける田村孝行さんに話を聞きます。
健太いのちの教室
https://kenta-inochiclass.com/
2026年3月 1日(日)
第1535回「東日本大震災15年【2】~23歳の語り部」
ゲスト:語り部 岩倉侑さん
15年前の2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災が発生し、宮城県石巻市の門脇(かどのわき)小学校は大きな津波に襲われました。学校にいた児童や教職員らは裏山へと避難し全員無事でしたが、津波火災が発生した校舎は炎に包まれ、ほぼ全焼しました。
当時、門脇小学校の2年生だった岩倉侑(あつむ)さんは、教室での帰りの会の最中に、激しい揺れを体験しました。机の下に隠れようとしましたが、その場に留まっていられないほどの揺れで、収まった時には机ごと教室の後ろに放り出されていたそうです。自宅のあった地域が災害危険区域に指定されたことなどから、地震の翌月、岩倉さん一家はふるさと石巻を離れ、仙台に引っ越しました。
その後、防災を学ぶために名古屋大学に進学した岩倉さんは「語り部」として、東日本大震災での自身の経験を伝え始めました。番組では、小学2年生の岩倉さんが経験した東日本大震災とその教訓、そして、岩倉さんが伝え続けている「災害への備え」について聞きます。
2026年2月22日(日)
第1534回「東日本大震災15年【1】~中学生に語る原発事故避難」
取材報告:亘 佐和子プロデューサー
東日本大震災が起こった頃に生まれた子どもたちが、すでに中学生になっています。当時のことを知らない世代が増える中、何をどう伝えていくかは大きな課題です。
福島第一原発事故で、幼い子どもを連れて大阪に避難してきた森松明希子さんが、昨年12月、大阪府豊中市立第一中学校で、全校生を前に自身の体験を語りました。
森松さんは、福島県郡山市から大阪に、3歳と0歳の子ども2人とともに避難してきました。自宅は原発から60キロ離れていて、強制避難区域ではありませんでしたが、子どもを外で遊ばせることもできず、自分や子どもが避難生活の中で毎日飲んでいた水道水が放射性物質で汚染されていたことを知り、原発事故の2か月後、大阪への母子避難を決断しました。福島で働く夫との二重生活は今年で15年になります。
原発事故により、多くの家族がそれまでの暮らしを奪われ、選択を迫られました。今も全国で26000人以上が避難生活を続けています。森松さんは、国と東京電力の責任を問う「原発賠償関西訴訟」の原告団長でもあります。森松さんが語った「命を守る大切さ」「被ばくを避ける権利」は、中学生の心にどう響いたのでしょうか。取材した記者が報告します。
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震災復興応援イベント
3.11 from KANSAI 2026~15年の視点"KANSAI from 3.11"
https://www.311-kansai.com/
2026年2月15日(日)
第1533回「災害時に役立つ常備薬」
ゲスト:MBSお天気部 気象予報士 林保捺美さん
大きな災害時には、避難生活でのストレスや医薬品不足により、高血圧や糖尿病などの慢性疾患が悪化しやすいので注意が必要です。また、体調不良やケガなどの際に、すぐに医療機関を受診することが難しくなります。そのため、食料や水と同じく、「医薬品」の備えが大切です。
MBSお天気部の気象予報士で、薬剤師と防災士の資格を持つ林保捺美(ほなみ)さんは、「慢性疾患で普段から薬を服用している人は主治医に相談し、最低3日分は常備して欲しい」と話します。持病のない人でも、総合かぜ薬や、解熱鎮痛剤、胃腸薬などの飲み慣れた市販薬を防災バッグに備えておくことが必要です。
医薬品が手に入るようになっても、自分が服用している薬の名前がわからないという場合もあります。薬局で処方薬を受け取る際に渡される薬剤情報提供書や、お薬手帳をコピーして防災バッグに入れておくと安心です。番組では、林さんに、災害時に役立つ常備薬について詳しく教えてもらいます。