2026年5月24日(日)
第1547回「"楽しく学ぶ防災"に取り組む学生団体」
オンライン:防災普及学生団体「Genkai(玄海)」橋本玄さん
西村)防災訓練と聞くと、堅苦しい、面倒くさい...などと感じる人もいるかもしれません。
きょうは、防災を楽しく、面白く体験してもらおうと活動する防災普及学生団体「Genkai」を立ち上げた大学生の橋本玄さんにお話を聞きます。
橋本)よろしくお願いいたします。
西村)防災普及学生団体「Genkai」は、神奈川県の団体だそうですね。
橋本)神奈川県の鎌倉市を拠点に活動している団体です。
西村)橋本さんは今おいくつですか。
橋本)今年21歳になる現在20歳の大学3年生です。
西村)防災普及学生団体「Genkai」は、どんなメンバーで活動しているのですか。
橋本)メンバーは90人で8~9割は防災初心者。学びながら発信しています。
西村)活動していく中で大切にしていることはありますか。
橋本)「好き×防災」をテーマに活動しています。防災には、難しい、面倒くさいイメージがある中で、いかに自分ごとだと思ってもらえるか。学生の好きなことや夢を掛け合わせることによって、新しい形で防災を発信していきたいと思っています。
西村)橋本さんはなぜこの団体を作ったのですか。
橋本)東日本大震災のときは4歳でした。鎌倉も揺れたのですが、地震という言葉も知りませんでした。「ウルトラマンと怪獣が戦っているの?」と感じたことを覚えています。父が医療関係の仕事で被災地に行ってつながりを持つ中で、自分も防災と関わっていきました。
西村)お父さんが医療関係のお仕事で被災地に行くときに橋本さんも一緒に行ったのですか。
橋本)一緒に行ったのではないです。父が近所のおばちゃんたちに湯たんぽカバーを縫ってもらって3000セットぐらい東北に送ったことがありました。その頃、復興支援のバザーなどについて行ったことはありました。
西村)4~5歳ぐらいのときから防災を身近に感じていたのですね。
橋本)中学校のときに学校の防災訓練がありました。いわゆる逃げて終わりの避難訓練です。朝、先生が「地震が起きる」と未来を予知して。チャイムが鳴って、サイレンが鳴ってみんなでゆっくり整列して歩いて校庭に行くという事務処理的な訓練でした。それがすごくもったいないと思って、学校と大喧嘩したんです。
西村)それはなぜもったいないと思ったのですか。
橋本)被災地の人たちと関わる中で、日頃の訓練の大切さを実感していました。備える、訓練することより、どう意識づけるかが大事だと中学生ながらに思っていたんです。このまま形式的な訓練をしていて良いのか。1年間、学校と喧嘩しましたが変わらないとわかったので、それなら地域から変えようと2人ではじめました。わたしの名前の玄(はるか)もう1人の海人(うみと)とから字を取って「玄海」と名付けました。
西村)何年生の頃に立ち上げたのですか。
橋本)中学3年生です。
西村)周りの友達はどんな反応でしたか。
橋本)受け入れてくれました。最初は地域の危険な場所の動画を撮影して自治会に送ることからはじめました。鎌倉市の5ヶ所のブロックごとに撮影しました。
西村)自治会は、中学3年生の2人が活動していることについてどんな反応でしたか。
橋本)鎌倉は学生のボランティアなどの社会活動にすごく前向きなんです。支援するだけではなく、一緒にやっていく視点を持ってくれる人が多いです。同じ視点に立ってくれるので恵まれていると思います。
西村)最初の取り組みをしてみてどうでしたか。
橋本)地域の人によろこんでもらえました。それを見ていた同級生たちが「一緒にやりたい」と言ってくれて。「防災はやったことないけどキャラクター作りなら手伝える」などと仲間が増えていきました。
西村)みんな自分の好きなことや得意分野を防災につなげていったのですね。
橋本)新しい化学反応がたくさん生まれました。
西村)若い世代ならではの目線ですね。15歳で団体を立ち上げてから6年が経ち、現在21歳の橋本さん。今はどんな活動をしているのですか。
橋本)わたしは2年前に代表をおりました。まだ学生なのでメンバーとして在籍していますが、今は大学2年生の女の子が3代目代表として活動しています。中学2年生のときから関わってくれている人で、やってきたことを残しつつ、新しいことに挑戦してくれているので、すごくいい形になっていくと期待しています。わたしがまだ引き継げていない部分があるので、しっかり引き継いで、新しい玄海にバトンパスできるような体制作りを頑張っているところです。
西村)新しい風も取り入れているのですね。どんなことをしているのですか。
橋本)35歳以下の日本全国の防災の研究職、ベンチャーに携わる人のコミュニティを友人と作っています。前の坂井学防災担当大臣が呼びかけてくださった勉強会から始まったつながりもあって。防災は狭い世界なので顔の見える関係がたくさんあります。みんなで能登に行って日本のこれからの防災を考えています。
西村)若い世代だからこそ生まれた考えや取り組みもあるのですか。
橋本)あります。防災はどうしても形式じみたものが続いてしまいがちです。
西村)確かに。避難訓練がずっと変わってない学校もたくさんありますね。
橋本)35歳以下の世代は、東日本大震災や阪神・淡路大震災を経験して、防災に違和感を持っている世代。阪神・淡路大震災後、東日本大震災後の防災教育はどう変わったのか体験してきたと思うので、そこをしっかり制度にしていかなければならないと思います。
西村)それはみなさん同じ気持ちですか。
橋本)危機感を持ってやっています。能登半島地震のときは発災2日目に現地に行きました。初期から関わってきた人、今も能登に住んでいる友人もいます。それぞれの視点を形にしていくコミュニティが出来上がっているので、新しい防災ができると期待しています。
西村)能登の被災地を見て、変えていかなければならないことはありますか。
橋本)あります。復興の遅れを感じます。地方の町ならではのつながりで復興してきているけど、どうしても遅いと感じます。改めて首都直下地震や南海トラフ地震が起きたときのことを考えると、このままでは良くない。能登の人口規模でこれだけの被害が出て、支援・復旧の遅れが出ている。南海トラフ地震が起きたらどうするのかと感じます。ひとりひとりが意識して変えていくしかないと思います。
西村)どんな活動をしていきますか。
橋本)玄海は、防災の入口を切り開くことが最初のミッション。「防災運動会」といって、障害物リレー形式で消火器体験や担架の搬送を体験できるプログラムをしています。小学生が対象です。彼らが災害時に消火器を扱うことはないかもしれませんが、家に帰って、「きょう防災訓練をやったよ!」と話をしてもらうことがわたしたちの目標です。
西村)実際にそんなふうに話した子どもたちはいましたか。
橋本)「初めて防災訓練の話をした」という子もいました。「明日、お母さんがホームセンターに行ってくれます」という感想文が届いたことも。これがまさにわたしたちが求めていたことなんです。
西村)それは学校に行って、地域のメンバーで実施するのですか。
橋本)鎌倉市内の学校が多いですが、いろんな学校に行っています。大学生、高校生が子どもたちと同じ視点に立って伝えています。
西村)大人と子どもが一緒にできるイベントもありますか。
橋本)「防災アドベンチャー」というのがあって、めちゃくちゃ面白いんですよ。普段何気なく歩いている町が大丈夫なのかを疑うゲームです。ハザードマップには記載されていない危険なブロック塀、瓦屋根のある家、細い道などを見つけて、それが避難経路にないかを確認するんです。
西村)ハザードマップには浸水区域は書かれていますが、ブロック塀のことは書かれていないですものね。
橋本)個人の家のことはハザードマップには書けないので。町を実際に歩いてみて、最短ルートより最善ルートを探しています。
西村)命が助かるルートをみんなで探すのですね。
橋本)そうすると見えてくるものがあって面白いです。
西村)実際に体験したみなさんからはどんな感想がありますか。
橋本)「まさかわたしの町にこんなに危険なところが!」とよく聞きます。ある小学校で半年かけてやったこともありました。ハザードマップを重ねて、知識を引っ張り出して、最後に町を歩いてみると学校に一番近い家の子が、最善ルートなら一番遠回りしなければならないことがわかりました。ハザードマップは参考資料。ハザードマップは正解ではなく、プラスアルファで考えられることがあると思いましたね。
西村)学生スタッフのみなさんは、どんな道に進んだのですか。
橋本)防災と離れた仕事をする人もいます。元々薬剤師を目指していた人は、高校3年生の6月に能登に行ったことがきっかけで、今は災害専門の看護学校に通っています。一緒に副代表をしていた人は、今、能登の会社でインターンとして働いていて、月の半分ぐらいを能登で過ごしています。
西村)防災の初心者だったみなさんが、どんどん輪を広げて人生が変わっているのですね。
橋本)そんなにみんなの人生を変えちゃっていいのか...と思っています(笑)。
西村)改めて防災を伝える上で、大切にしていることは何ですか。
橋本)自分が被災することを想像すること。東日本大震災の被災地で、ある記者から「あなたが今日ドアを開けて見たこの景色は震災前の景色なんだよ」と言葉をかけられました。それを聞いたときに、初めて自分の町が被災地になることを想像しました。みなさんも想像して、ぜひ今できることひとつずつやってほしいです。防災の基本を学ぶ、家族で話し合ってみるなど、まずは防災の話題を食卓に持っていくことから始めてもらえたら思います。
西村)橋本さんどうもありがとうございました。
2026年5月17日(日)
第1546回「避難所生活のTKB48」
オンライン:「避難所・避難生活学会」代表理事 水谷嘉浩さん
西村)災害時に多くの人が過ごすことになるのが、体育館などの避難所です。場合によっては避難が長くなることもあり、できるだけ快適に過ごしたいものですが、どんな方法があるのでしょうか。
きょうは、「避難所・避難生活学会」代表理事 水谷嘉浩さんに聞きます。
水谷)よろしくお願いいたします。
西村)水谷さんは、国内だけでなく、海外も含めて500ヶ所以上の避難所訪問したそうですね。能登半島地震の避難所にも行ったのですか。
水谷)発災5日目から40日間、被災地で活動をしました。
西村)能登半島地震発災直後の避難所はどんなようすでしたか。
水谷)体育館の床に多くの人が雑魚寝状態で避難生活をしていました。真冬だったので気温も低く、厳しい環境でした。
西村)人口が少ない町ですが、お正月ということもあり、たくさんの人が避難所にいたと思います。みなさんのようすはいかがでしたか。
水谷)高齢化率が高い地域なので、おじいちゃんやおばあちゃんが冷たい床に毛布1枚で生活をしていて、厳しい環境でした。
西村)体調を崩す人もいましたか。
水谷)被災すると精神的ダメージを受けてしまいます。さらに避難所生活では体力も奪われていく。トイレも十分に届かず、食事もレトルト食品や菓子パンが続くので、高齢者だけではなく、避難者全体が健康を害する環境でした。
西村)支援が届くのに時間がかかりましたか。
水谷)日本の避難所は、逐次投入(物や支援が少しずつ届く)なので我慢が続いてしまう。さらに避難所によって格差があります。これを「避難所ガチャ」と呼んでいます。逃げ込んだ避難所によって環境の差が大きいところが問題のひとつだと思います。
西村)避難所に差があるのはなぜですか。
水谷)災害支援は、「災害対策基本法」によって定められていますが、基本的に市町村が責任を持っています。全国1741の市町村でできる限りのことはやっていますが、どうしても格差が出てしまいます。
西村)能登の場合、人口も少ないので、使うことができるお金も少なかったのでしょうか。
水谷)大きな災害では、災害救助法が適用されると国からお金が出ます。しかし、それは災害が起きてから。普段の備蓄や訓練で災害に備えておかないと発災からすぐに良い環境は作ることができません。
西村)能登では支援物資は何日後ぐらいに届いたのでしょうか。
水谷)早いものなら1~2日で届きますが、全てが揃うわけではありません。食事が届いてもトイレがないと十分に食事ができません。ベッドが届いてもシャワーを浴びることができないなど。昼間片付けをした汚れた状態で寝床に入るのは抵抗がありますよね。早い段階で全てが揃った状態に構築しないと、我慢が続くことになります。
西村)能登では支援物資は誰が運んでいたのですか。
水谷)行政です。市町村だけではなく、プッシュ型支援なら国がやります。ボランティア団体も個別に支援をしますが、避難所の状態がバラバラなのでまずは調査をしてから。それに対して対応するのでどうしてもタイムラグが発生してしまう。
西村)調査をしている自治体も被災しているかもしれませんよね。人も少ないかもしれないし。
水谷)日本の災害支援の一番の課題点は、市町村の職員が住民の支援をする=被災者による被災者支援という構図。ここに無理がある。これを改善しない限り、この問題は繰り返し起こってしまいます。
西村)ではどうすればそのような環境を改善できるのでしょうか。海外の事例も含めて教えてください。
水谷)わたしは、イタリアの災害支援の研究をしています。イタリアは世界で一番、避難所の質が高いと言われています。48時間以内にトイレ・キッチン・ベッドをはじめとする避難所に必要な資機材が届きます。健全な避難生活ができる資機材と支援者が届く制度になっています。時間の目標も個別にあります。例えばベッドやトイレが届くと、避難者の収容が始まるのですが、目標値は6時間以内。さらにキッチンカーが来て、コックさんによる温かい食事が提供されるまでが12時間以内。高齢者・児童福祉、心理的ケア、医療専門職による避難者支援、ペットの収容や外国人の対応などの避難者のニーズに応えるのは、48時間以内という目標値が設定をされています。
西村)ぺットや外国人への配慮まであるのですね。
水谷)資機材だけではなく、専門職が日頃からボランティア団体に登録して、日々訓練を重ねています。災害が起きたときにすぐに動けるのは、普段の備えがあるからです。
西村)災害時に届けられるトイレ・キッチン・ベッドはそれぞれどんなものなのか教えてください。
水谷)標準化されています。日本は場所によって、さまざまな資機材が届きますが、イタリアではほとんど同じ見た目、同じ環境の避難所がたくさん作られます。
西村)避難所の差がなくなるということですか。
水谷)はい。全く同じ環境の避難所が作られます。標準化された上で、単位化されている。例えば、250人の避難者を収容するのが1の単位とすると、そこに50人の訓練を受けたボランティアが来て、250人を支える。合計300人が長期間一緒に暮らしながら、被災者支援をするというユニット化がされているんです。さらに機動力もあります。日本のように被災者である自治体が支援をしなくて良いように、近隣の自治体から支援部隊がきます。
西村)50人のボランティアは、現地の被災者ではないということですね。
水谷)隣の州などから駆けつけます。
西村)元気な人が助けに来てくれるんですね!
水谷)そうなんです。わたしは、イタリアのようにトイレ・キッチン・ベッドを48時間以内に準備することを「TKB48」といっています。
西村)アイドルグループみたいですね。
水谷)これを支えるのは民間のプロの集団です。料理をするのはコックさん。電気関係、配管工などの技術者、医療や福祉のプロが訓練を行った上で、災害支援に取り組みます。それができて初めてこのTKB48が実現します。職業を生かして被災地に派遣される支援者は、無償ではありません。例えばコックさんが支援に行ったとすると、国はコックさんのいるレストランに人件費を払います。コックさんは、普段通り給料をもらいながら、傷害保険などケガの対応も含め、保障された状態で災害支援をすることが可能になるのです。
西村)国が給料を補填してくれるのですね。
水谷)国が支援者の人件費を雇用主に支払う制度があります。企業でも社員が支援に行けば人件費を国が会社に支払います。そのような裏支えがあって実現しているのです。
西村)日本でもそんなことができるのでしょうか。
水谷)今年はようやく防災庁という役所が立ち上がります。
西村)11月に設置を目指していますね。
水谷)とはいうものの、急にはイタリアのような先進的な支援をするのは難しいかもしれません。イタリアでは災害関連死はありえません。避難所環境を48時間に構築するので、普段通りの生活ができるからです。避難所で亡くなることがないように、たくさんの人が予算をかけて訓練して取り組んでいる。被災者ができるだけ早い段階で生活復旧に向かえるように社会的な制度が出来上がっています。防災庁もイタリアを見習って、システムを導入してほしいと思います。
西村)普段通りの暮らしができるイタリアではどんな食事が提供されるのですか。
水谷)その地域で食べられている伝統的な食べ物です。わたしが過去にいたイタリアのペンネでは、パスタが出されました。アマトリーチェでは、アマトリチャーナが出されました。普段食べているものと同じものが出てくるのが特徴です。
西村)そのような制度を日本で導入するための課題は。
水谷)費用がかかること。トイレ・キッチン・ベッドを全て含めると5億円ぐらいかかります。わたしは全国で500ユニット必要だと考えていますが、そうなると2500億円かかります。耐用年数を20年とすると年間125億円。これは国民1人当たり年間約100円で実現する。災害で被災した人の命と健康を守る費用について、年間100円が高いのか安いのか。これは国民ひとりひとりが考えていかないといけないことだと思います。
西村)水谷さん、どうもありがとうございました。
2026年5月10日(日)
第1545回「春に相次ぐ山林火災」
オンライン:日本大学 生物資源科学部 教授 串田圭司さん
西村)4月22日に発生した岩手県大槌町の山林火災は、発生から11日目となる5月2日、延焼拡大の恐れがない「鎮圧」が宣言されました。焼損面積は約1633ヘクタールで、平成以降、国内最大規模となった去年の岩手県大船渡市の山林火災に次ぐ規模となりました。
きょうは、春に相次ぐ山林火災について山林火災のメカニズムに詳しい日本大学 教授 串田圭司さんにお話を聞きます。
串田)よろしくお願いいたします。
西村)岩手県大槌町の山林火災は、なぜ大きく広がったのでしょうか。
串田)乾燥と強風が重なったことが要因。乾燥しているところに強い西風が吹き、一気に燃え広がりました。その後、風が四方八方に吹いて拡大。これは去年2月に発生した岩手県大船渡市の山林火災ととても似ています。突発的な強風が起こりやすいリアス式海岸や険しい山林の地形も延焼が拡大した要因のひとつ。急な山の斜面に沿う形で気流が上昇し、延焼速度が速くなったのだと思います。
西村)山には多くの木が生えています。木には水分があるのになぜこんなに燃えるのでしょうか。
串田)針葉樹の松や杉は油分が多く、燃え広がりやすいです。今回は木の上部まで火が広がる樹冠火(じゅかんか)が発生した可能性が高いです。通常の山火事は、地面の枝や落ち葉が燃えて延焼する地表火が主流。木の上部が燃える樹冠火が起きると、風の影響を強く受けるので延焼が速くなります。
西村)なぜ樹冠火が発生したのですか。
串田)乾燥と強風が激しかったため、地面の枝や落ち葉にとどまらず、立っている木にまで延焼したからです。
西村)これは珍しいことですか。
串田)日本の山火事は地表火が主流ですが、最近の山火事では樹冠火が起こることが増えてきています。
西村)5月2日に大槌町の山林火災は鎮圧が宣言されました。山林火災のニュースでよく耳にする「鎮圧」と「鎮火」という言葉について教えてください。
串田)鎮圧は、火の勢いが抑えられ延焼の危険性がなくなった状態。鎮火は、完全に火が消えて再び燃え広がる危険性がなくなった状態です。
西村)大槌町で鎮圧が宣言されたのは発生から11日目の5月2日でした。4月末に数日間、雨が降って延焼が止まりました。雨が降らなければ鎮圧にはもっと時間がかかったのでしょうか。
串田)去年の大船渡市の山林火災も雨が降ったことで鎮圧されました。人力での消火は困難です。
西村)人力での消火はなぜ難しいのですか。
串田)ある程度広がってしまうと、消防による消火は難しくなります。住宅などを重点的に守る消火体制になるからです。鎮圧されたとしても、鎮火に至るまでは時間がかかることが多いです。消し止めたように見えても地中で火種がくすぶっていることもあり、それが再び燃え広がるリスクもある。広大な山の中からくすぶりを見つけるのは難しい。そのため、鎮圧・鎮火を宣言するには相当な時間がかかることが多いです。
西村)大槌町はクマが生息しています。クマがいると消火活動が難しくなるのでは。
串田)クマがいると燃えている場所に近づいて消化できなくなります。ヘリコプターを使用したり、クマがいるところを避けて安全なところからアプローチしたりすることが必要です。
西村)今年は、山梨県、静岡県、福島県などでも大規模な山林火災が発生しています。春は山林火災が多い季節なのですか。
串田)山林火災は、全国的に空気が乾燥する1~5月に増える傾向があります。
西村)乾燥するのは冬のイメージがありますが、春も乾燥しているのですね。
串田)気温の高さも乾燥に結び付きます。気温が高いと山から水が抜けていきます。冬よりも春の方が水が抜けやすいです。
西村)山林火災には、地球温暖化が関係しているのでしょうか。
串田)地球温暖化によって気温が高くなっているため、極端な乾燥が起きています。
西村)昔に比べて山林火災は増えてきているのでしょうか。
串田)山林火災は起こりやすくなっていて、規模も大きくなる傾向があります。気温が上がると、空気が保持できる水蒸気量が増え、その分、野山や地表、土の中の水分が少なくなり、火事が起きやすくなります。
西村)山林火災のリスクの高い山は、どんな山ですか。
串田)地形、木の種類、気候などの組み合わせによって山林火災の発生リスクは変わります。日本の場合は国土の7割が山林。どこで大規模な山林火災が起きても不思議ではありません。
西村)大阪にも山がありますが、山林火災はあまり起きません。大阪より岩手県の山で山林火災が起こるのはなぜですか。
串田)岩手県は、冬に強い西風が吹きやすいです。西風は山を越えてくるので、乾いた風になり、木が燃えやすくなります。油分を含む針葉樹が多いことやリアス式海岸という地形で、突風が起きやすいことも関係しています。瀬戸内や兵庫県も山火事が起こりやすい場所。水分を保持しにくい「真砂土」という土が広がっていて、土の影響もあり、乾燥が進みやすいです。全体的に山に囲まれていて、雨が少なく温暖な気候であるため、山火事が起きやすくなっています。
西村)大槌町の山には油分を含む松や杉が多いというお話でしたが、兵庫県の山も松や杉が多いのですか。
串田)全国的に人工的に杉が植えられています。
西村)他にも燃えやすい木はありますか。
串田)針葉樹が比較的燃えやすいです。広葉樹の中でも水分を多く含むものは比較的燃えにくいです。瀬戸内なら椎や樫。燃えにくい木もたくさんあります。
西村)山に行くときには、どんな木が生えているかを知っておくほうが良いですか。
串田)乾燥や強風によって、どこで山林火災が起きても不思議ではありません。木の種類よりも気候条件に気をつけて欲しいです。最近は、林野火災注意報や警報が出されるようになりました。
西村)林野火災注意報、林野火災警報はどんなときに出されるのですか。
串田)雨が少なく、林野火災が起こりやすいときに林野火災注意報が出されます。さらに強風が吹いているときは、警報になります。林野火災警報には、罰則も設けられています。警報が出たときは、山火事が燃え広がりやすいので、野外での火の使用は控えてください。
西村)林野火災注意報、林野火災警報にも気をつけましょう。山林火災を防ぐにはどうしたら良いのでしょうか。
串田)今回の大槌町の山林火災の原因はまだ明らかになってはいませんが、山林火災の原因は人為的要因によるものがほとんど。自然に発火するわけではありません。
西村)多い原因は何ですか。
串田)一番多い原因はたき火、野焼き、たばこです。山林火災は、人為的な不注意で起きています。これらに気をつけるのが一番重要。自分の行動が多大な損失を与える状況を認識して、山の中や山の近くで火を使う際には気をつけなければいけません。
西村)ハイキングやキャンプに行くことも増える季節。気をつけないといけないですね。自治体で取り組める対策はありますか。
串田)いろんな対策があります。その中で重要なのは、林野火災注意報・警報で呼びかけること。山の中に燃えやすいものがたまっている状態はリスクが高まるので、これまで以上に山の管理をしっかりすること。消防は、AI、ドローンなど最新技術を導入して、高度化していくことも大事です。わたしたちの研究グループでは、人工衛星を使って、山火事の発生リスクを評価する技術開発に取り組んでいます。ハード面とソフト面、どちらからのアプローチも必要です。
西村)串田さんどうもありがとうございました。
2026年5月 3日(日)
第1544回「被災者の健康を守る"災害用トイレ"」
ゲスト:サンコー 土井誠司さん
西村)地震や台風などの大きな災害が発生し、電気や水道が止まると水洗トイレは使えなくなります。過去の災害でも水が流せなくなった避難所のトイレは、瞬く間に汚物であふれかえり、不衛生な状態が続きました。災害時のトイレ問題は大きな課題です。
きょうは、災害用トイレの普及に取り組んでいる株式会社サンコーの土井誠司さんにスタジオにお越しいただきました。
土井)よろしくお願いいたします。
西村)サンコーさんはどんな会社ですか。
土井)創業1962年、今年で64年目になります。本社は和歌山県海南市にあります。清掃用品やペット用品などを中心に"暮らしをより快適にするもの作り"をコンセプトに、生活用品全般の開発・製造・販売をしています。
西村)災害用トイレも販売しているのですか。
土井)トイレの問題が社会問題になったのは1995年の阪神・淡路大震災からです。その頃から弊社は携帯トイレを商品化していました。
西村)阪神・淡路大震災以前から携帯トイレを販売していたのですね。なぜそんなに前から、携帯トイレを作っていたのですか。
土井)約40数年前、マイカーブームや週休2日制の導入によって、アウトドアやレジャーを楽しむ人が増えました。弊社は長時間車で移動するファミリー層に向けて、携帯トイレや折り畳み式の簡易トイレをレジャー用トイレとして商品化していました。阪神・淡路大震災をきっかけに、レジャー用トイレから災害用トイレにシフトチェンジしていったのです。
西村)レジャー用も災害用も同じなのですか。
土井)同じです。簡易的に組み立てられるトイレ、すぐに用を足せるもの、凝固剤が入っているものなど数種類あります。
西村)自宅のトイレでも使うことができるのですね。
土井)袋と凝固剤が入ったセット、30回・50回分もあります。オムツのような形で用を足せるものや組み立てタイプもあります。
西村)使った後はどうするのですか。
土井)各自治体に従って通常のゴミとして廃棄することができます。
西村)サンコーさんは、各地の防災イベントなどへの参加をはじめ、災害用トイレの啓発活動に積極的に取り組んでいます。3月に和歌山市民図書館で開催された「凝固剤の体験会」を取材しました。その様子をお聞きください。
音声・土井)凝固剤を使ったことはありますか。
音声・参加者)ないです。
音声・土井)成人の尿は200~400cc。今から尿の代わりに水を入れます。これが凝固剤。この粉末を中にふりかけるだけです。30~40秒ぐらいで固まります。
音声・参加者の子ども)1、2、3、4、5...28、29、30!
音声・参加者)ちゃんと固まってる。すごい!すごい!
音声・参加者の子ども)(固まった水を触って)ゼリーみたい。気持ちいい!
音声・参加者)これなら安心ですね。
音声・土井)通常ゴミと一緒に捨てられます。試供品を家で使ってみてくださいね。
音声・ディレクター)防災トイレを使ったことはありますか。
音声・参加者)使ったことないです。
音声・ディレクター)凝固剤を固めたことはありますか。
音声・参加者)ないです。
音声・土井)凝固剤は粉状になっていて、ふりかけるだけ。30~40秒ぐらいで固まります。
音声・参加者)思ったより早く固まって驚きました。何かあったときに、初めて使うと思うんですけど...きょう勉強できて良かったです。
西村)初めて体験した親子のようすをお届けしました。楽しんでいましたね。
土井)お子さまも、楽しく体験していただきました。
西村)このスタジオでも凝固剤を固める体験をしました。透明のカップに尿の代わりに水を入れて凝固剤を入れると、白い粒がどんどん広がって、水を包み込んでゼリー状になりました。30~40秒ぐらいで固まります。固まったものが目の前にあるのですが、触ってみるとモチモチしています。ここまでしっかり固まってくれたら捨てやすそう。凝固剤だけではなく、このセットの中には汚物用の黒い袋も入っていますね。
土井)袋には使用方法や注意事項を印刷しています。
西村)わかりやすいです。便器と便座の間に汚物袋を挟んで、その上に便座を乗せてしっかりと固定。用を足した後は汚物の上にまんべんなく凝固剤をふりかける。最後に汚物袋を取り出して、袋の口をしっかりと結んで廃棄する、と書かれています。体験会では凝固剤を初めて使ったという人もいましたね。
土井)啓発活動の一環でイベントや防災講座に参加していますが、「備蓄はしているけど使ったことがない」という人も多いです。災害はいつどこで起こるかわからないので、使い方を知ってもらいたいです。
西村)凝固剤に使用期限はありますか。
土井)弊社の商品は、開封しない限り半永久的に使用できます。一般的には約10~15年の試用期間が多いです。安心して備蓄できると思います。通常の保存方法なら問題ありません。
西村)凝固剤の体験会で、「災害用トイレや凝固剤は備えているけど数が足りない」という人がいました。インタビューをお聞きください。
音声・ディレクター)災害用トイレの備えはしていますか。
音声・参加者)一応しています。簡易トイレとか凝固剤とか。いくつかは用意しています。
音声・土井)1日1人約5回トイレに行くので1週間分で35回分が必要です。
音声・参加者)そんなに用意できないですけど...。もしものときは、それぐらいいるんですね。南海トラフもいつ来るかわからないので、最低35個は備えないといけないですね。
西村)トイレの回数に応じた備えが必要なのですね。
土井)経済産業省や内閣府などの指針では、災害時の備蓄目安は1人1日最低5回トイレに行くと換算して、1週間で35回分。家族4人なら140回分のトイレの備蓄を推奨しています。
西村)サンコーさんが積極的に災害用トイレの普及に取り組んでいる理由は何ですか。
土井)弊社は和歌山県の企業です。南海トラフに警戒が必要な和歌山県に少しでも役に立てるように、昨年10月に和歌山県と「災害時の物資の調達等に関する協定」を締結しました。災害時に60万回分の携帯トイレを速やかに提供できるように弊社の倉庫に備蓄しています。啓発活動用に試供品を3000回分寄贈しました。災害時、食料や物資はすぐに送られてきますが、食べるとトイレは我慢できません。トイレは健康面で非常に大切。命に関わることです。不衛生なトイレは感染症が蔓延する可能性も。助かった命を避難所生活で失って欲しくないです。
西村)トイレが汚いと排泄を我慢して、水分を控えてしまいます。そうすると脱水症状、エコノミークラス症候群の危険もありますね。助かった命を守り、日常を取り戻すためにトイレは大切ですね。
土井)日本トイレ協会でトイレの備蓄率を調査しました。2025年の備蓄率は28.8%。これは4分の1程度。4分の3がまだ備蓄されてない状況。8年前は15.5%でした。
西村)ちょっと増えてきているのですね。
土井)近年の風水害や能登半島地震、南海トラフ地震情報で、8年間で備蓄率は増えていますが、トイレは後回しになりがち。食べ物は我慢できてもトイレは我慢できません。各家庭でポータブル便器やバケツ、ナイロン袋、凝固剤を備蓄していれば、安心で清潔なトイレが確保できます。水や食料と同様に、災害用トイレの必要性を高めていきたい。啓発活動を行っているところです。
西村)アウトドアや車で出かけるときに実際に使ってみるのもいいですね。普段の生活で取り入れていきたいと思います。土井さんありがとうございました。
2026年4月26日(日)
第1543回「北海道・三陸沖後発地震注意情報とは」
オンライン:東北大学災害科学国際研究所 教授 今村文彦さん
西村)きょうは、津波工学が専門の東北大学 災害科学国際研究所 教授 今村文彦さんとオンラインでつなぎます。
今村)よろしくお願いたします。
西村)4月20日に三陸沖で発生した地震はどのような地震ですか。
今村)東北の三陸沖で、太平洋プレートが沈み込んでいる境界で起きた地震。この地震によって、強い揺れと津波が発生しました。東日本大震災と同じ「逆断層型」の地震です。
西村)去年も同じタイプの地震がありましたね。
今村)2025年11月9日にほぼ同じ場所で、12月8日に青森県東方沖で同じタイプの地震が発生しています。
西村)三陸沖では、現在、地震活動が活発になっているのでしょうか。
今村)東日本大震災の後に周辺で地震活動が活発になっています。去年の11月、12月の地震の余震も起こっています。
西村)注意が必要ですね。今回の地震のあと、気象庁は「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を発表しています。
今村)これは、東日本大震災の後に設置された情報です。日本海溝、千島海溝沿いの巨大地震、津波が想定されているエリアで、今回のようなマグニチュード7の地震が起きた場合、後発地震への注意喚起をするものです。
西村)この注意情報は去年もでましたか。
今村)2025年12月の青森県東方沖地震で発表されました。今回で2回目になります。
西村)なぜこのような注意情報を発表することになったのですか。
今村)東日本大震災の経験からです。3月11日にマグニチュード9という巨大地震が起きましたが、2日前にマグニチュード7.3の前震がありました。この教訓から、新しい情報システムができました。
西村)このような事例は過去にもありましたか。
今村)3.11のほかにも、択捉島で起きた地震でも前震がありました。この2つの事例があったということで、今回のシステムが動いています。
西村)かなりエネルギーが蓄積されているのですか。
今村)このエリアでは、古文書や歴史データだけではなく、津波の堆積物、発生規模、頻度を調べると400年に1回程度、大地震が発生しています。前回起きたのは17世紀。それから400年以上経っているのでエネルギーが蓄積されているでしょう。今回のような前触れがあったときは、その後の大きな地震、津波に注意が必要です。
西村)今回の地震で、これまで蓄積されてきたエネルギーが解放されたということにはならないのでしょうか。
今村)想定される地震の規模は、マグニチュード9クラス。今回はマグニチュード7.7。1.3の差ですが、エネルギーは数10倍大きいものになるので、まだ一部しか開放されていないということになります。マグニチュード9クラスのエネルギーは30倍以上になります。
西村)どんな地震が想定されているのですか。
今村)千島海溝、日本海溝の北部でマグニチュード9クラスの地震が想定されています。揺れは6強、津波は30mを超えるものも想定されています。東日本大震災とほぼ同じ規模です。
西村)そのような地震がいつ来てもおかしくないということですね。
今村)過去の履歴を見ると、相応のエネルギーがたまっていると思います。
西村)「後発地震注意情報」が発表された地域では、どれぐらいの期間、どんなことに注意すれば良いのですか。
今村)現在、1週間が目処になっています。これは、地震活動によって決めたものではなく、生活の中で注意喚起に耐えられる期間。普段の備えの確認、夜間の避難経路の確認など、レベルを上げた備えをしましょう。
西村)まず、地震の揺れに対してどんな備えをしたら良いでしょうか。
今村)家具などの落下防止、通電火災の防止になる感震ブレーカーの確認。家族の安否確認、避難場所も確認してください。
西村)津波に対しては、どんな備えをしたら良いでしょうか。
今村)津波の危険エリアでは、避難場所、経路の確認をしてください。車で避難をすると渋滞に巻き込まれることがあるので、原則徒歩で行動しましょう。地震はいつ起きるかわかりません。地震活動が活発化しているエリアでは、日頃から備えの確認をしましょう。非常持ち出し品は、季節によって変えることも重要です。
西村)少し暑くなってきたので、暑さ対策グッズも入れておこうと思います。今回の「後発地震注意情報」は、一昨年発表された「南海トラフ地震臨時情報」と似たようなものですか。
今村)はい。今後、リスクの高いエリアにおいて、地震の前触れが起きたら、今回のような注意喚起、早期避難など、今やれることを検討することになります。
西村)早いタイミングでの避難を考えるということですね。南海トラフ巨大地震など広域地震のリスクはありますか。
今村)日本全体で、地震が多い状況が続いています。千島海溝、日本海溝、南海トラフのエリアは、非常に大きな地震のリスクが高くなっています。ぜひ日頃から備えを確認してください。
西村)今村さんどうもありがとうございました。
2026年4月19日(日)
第1542回「熊本地震10年【2】~益城町の語り部」
オンライン:語り部・NPO法人「益城だいすきプロジェクト・きままに」永田忠幸さん
西村)10年前の2016年4月14日と16日に発生した熊本地震。観測史上初めて、短時間のうちに最大震度7を2度記録しました。熊本県の中央北寄りに位置する益城町では、町内の約98%の家屋が被災するなど、大きな被害が発生しました。
きょうは、益城町で農業を営みながら語り部をしている、NPO法人「益城だいすきプロジェクト・きままに」の永田忠幸さんにお話を聞きます。
永田)よろしくお願いいたします。
西村)10年前、地震が発生した当時のことを教えてください。
永田)最初の地震があったのは、14日の夜9時過ぎ。その日はキャベツの出荷を終えて、市場から帰宅したところでした。大きな揺れを感じました。何が起きたのかわからなかったです。
西村)体はどんなふうに動きましたか。
永田)横になっていたので、すぐに飛び起きて、体を丸めてうずくまりました。すぐに停電して、何も見えなくなったのですが、スマホのライトを頼りに家を確認。当時わたしは消防団にいたので、消防の詰所に向かいました。
西村)永田さんの家は大丈夫でしたか。
永田)わたしの家は1回目の地震ではあまり被害がなかったので、すぐに活動に移ることができました。
西村)16日の地震のときはどうでしたか。
永田)2回目の地震で、自宅は全壊しました。1回目の地震の後からすぐに消防団の活動をしていたので、2回目の地震のときは家にいませんでした。
西村)家族は大丈夫でしたか。
永田)熊本地震はとにかく余震が多く、震度5~6の余震が続いたので、家の中にいるのは危険でした。両親は2回目の本震が起きたとき既にトラックの中に避難をしていたので、全壊した家の中で被害を受けることはなく無事でした。
西村)トラックでの生活も大変だったと思います。消防団ではどんな活動をしていたのですか。
永田)地域の住民の安否確認のために全ての家を回りました。わたしは、東日本大震災でボランティア活動をしていたので、その経験を生かせる場所に配属になりました。全国から来る支援物資を収納したり、避難所に配ったりしていました。
西村)地震で農業の仕事はできなくなったのですか。
永田)わたしがもっている畑や田んぼは、断層の真上にあったので、亀裂が入って農業ができなくなりました。土砂崩れで畑に水を引き込む水路にも被害が出て。景色が一変してしまいました。
西村)その景色を最初に見たとき、どう感じましたか。
永田)不謹慎かもしれないのですが、「大地はこんなふうになるのか...」と思って、笑ってしまったんです。そのときの心境はうまく説明できません。もう受け入れるしかない...と思いました。
西村)益城町には古い伝説があると聞きました。
永田)益城町には、400年以上前から「大蛇伝説」があります。昔は地震という言葉がなかったので、なぜ地面が揺れるのかわからなかった。益城町は、昔から今回の熊本地震と同じ規模の地震が何百回も起きている場所です。昔の人は、地面が揺れたり、亀裂が走ったりするのは、大蛇が動いたからだと思ったようです。わたしの住んでいる地域では、180mにわたって地面に亀裂が入りました。断層の段差は1.7mもあったので、1.7m以上あるヘビが動いたように見えても無理はないと思いました。
西村)永田さんが熊本地震の語り部になった経緯を教えてください。
永田)わたしは、当時、断層の真上で農業をしていて、地震後は仮設住宅に住んでいました。その経験があったので、ボランティアで来ている人たちに益城町の案内、仮設住宅の話、断層の話などをしてほしいと依頼されたことがきっかけです。
西村)どんな人に、どんなことを語っているのですか。
永田)最初は、県外から来るボランティアや消防団、自治会、地方議員などに話をしていました。同時に、子どもたちの防災学習についても話をしてほしいと依頼が来るようになって。益城町でも正式に語り部を養成することになり、わたしが第1期生。防災・減災学習プログラムの語り部養成に参加し、修学旅行生や大学生に向けた語り部活動が増えていきました。
西村)学生への語りで気をつけていることはありますか。
永田)修学旅行で来る子どもたちは、地震の話を聞きに来ているわけではないんです。修学旅行のコースに入っているから聞きに来ているだけ。能動的に地震の話を聞きに来ている子どもは少数。興味がない子どもたちに地震の話をするわけです。
西村)地震を体験してない学生がほとんどですよね。地震当時はまだ生まれていなかった子どもたちもいると思います。そんな子どもたちにどんなふうに語っているのですか。
永田)家に帰ってからも考えてもらいたいので、わたしの仕事は興味を持ってもらうこと。「熊本でこんな話を聞いたよ」と家族に話してもらえるように。子どもたちが家に帰って話題にしやすいように、ちょっと変な服装や髪型をして話をしています。
西村)気になります。どんな服装でどんな髪型なんですか。
永田)ちょんまげのような髪型で、大蛇や龍の話をするので、蛇や龍が描かれた法被を着ています。
西村)それは土産話にしたくなりますね。語りはどんな内容ですか。
永田)大蛇伝説やわたしが仮設住宅で経験したことを中心に話をしています。わたしが仮設住宅で困ったことを話します。わたしは、仮設住宅に3年半住んでいました。仮設住宅に住んでいるといろんなアンケートが届きます。「今、仮設住宅で困っていることはありませんか」という項目を見たときに、僕はとても困るんです。僕は仮設住宅に住む前に避難所生活を半年以上しているので、避難所生活に比べたら快適。地震前の生活と仮設住宅を比べたら、不便なことや大変なことはありますが、避難所生活に比べたら、仮設住宅での生活はプライベートが守られ、好きなときに寝られて、好きな時間に本を読める。ありがたい生活だったからです。
西村)そのお話を聞いた子どもたちの反応は。
永田)「面白かった」という感想をもらうことが多いです。
西村)永田さんが伝えたい熊本地震の教訓を教えてください。
永田)わたしは語り部で教訓はほとんど伝えていません。わたしが住んでいる地域は家が50軒ほどしかない田舎。どこに誰が何人住んでいるか、顔と名前が一致します。家の倉庫には5人家族✕5年分ぐらいの米が常にストックしてあります。家の前で火が簡単に起こせるし、すぐに近くの湧水を汲みにいくことができます。そのような場所で経験した地震の話をしても、多分みなさんの役に立ちません。災害の備えは、地域によって、家族構成によって違います。家族に赤ちゃんや体の不自由なおじいちゃんおばあちゃんがいるか、その時々によって備えておくものも違ってきます。自分が今住んでいる場所で、住んでいる人や場所に合った備えをしてください。「わたしの話は、みんなの役に立たないから全部忘れていい。自分の家に帰って、家族とこれから先の備えについての話をして欲しい」と伝えています。これが教訓と言えるのかもしれません。
西村)永田さんどうもありがとうございました。
2026年4月12日(日)
第1541回「熊本地震10年【1】~安心・安全な「車中泊避難」とは?」
オンライン:「Bosai Tech」代表取締役社長 大塚和典さん
西村)明後日14日熊本地震の発生から10年を迎えます。熊本地震では、避難所に行かずに車中泊を選ぶ人も多く、健康面などが問題視されました。地震から10年たち、車中泊の問題はどう変わったのでしょうか。
きょうは、車中泊避難の環境作りを進める「Bosai Tech」代表取締役社長 大塚和典さんにお話しを聞きます。
大塚)よろしくお願いいたします。
西村)大塚さんはなぜ、車中泊の会社を立ち上げたのですか。
大塚)熊本地震、能登半島地震で車中泊をする人が多かったのですが、行政が全く把握できていませんでした。熊本地震では、今までの地震に比べ、4倍の災害関連死がありました。災害で助かってもその後の避難生活で災害関連死を招いてしまった。災害で助かった命を守るためにこの会社を立ち上げました。
西村)大塚さんは熊本地震当時、熊本市の職員をしていたそうですね。
大塚)熊本市の観光政策課で観光の業務を担当していました。
西村)地震後はどんな仕事をしていたのですか。
大塚)翌日からは、小学校や中学校の体育館に行って、避難所運営のお手伝いをしました。物資の配送、家屋調査など災害に携わる業務を経験しました。
西村)地震当時の車中泊の状況はどうでしたか。
大塚)熊本は一軒家が多く、みなさん自宅の駐車場や公園で車中泊していました。
西村)避難所に行かずに車中泊をしていた人の方が多かったですか。
大塚)地震後のアンケート調査によると、4割の市民が車中泊避難をしていたとのこと。かなりの人が車中泊をしていたと思います。
西村)なぜ車中泊が選ばれたのでしょうか。
大塚)たくさんの人が避難をしたため、避難所に入れない人が多かったのが一つの理由。ペットや子どもがいる人、赤ちゃんの夜泣きで迷惑をかけたくないという人や障がいのある家族が避難所に溶け込めず、車中泊をせざるを得ない人もいたと思います。
西村)熊本特有の理由もありますか。
大塚)車社会なので、1軒に1~2台は車があるということも理由です。
西村)わたしが取材で熊本に行ったときは、「ずっと揺れが続いていて、建物の中に入るのが怖くて車中泊をした」という人もいました。
大塚)避難所でもそのような声を聞きました。「揺れがひどいので、家に帰りたくない」と言う人も多かったので、車中泊が選ばれたのだと思います。
西村)車中泊による避難でどんなことが問題になりましたか。
大塚)みなさん、正しい車中泊のやり方を知りません。能登半島地震の輪島市では、6人の家族でミニバンクラスの車に避難した例がありました。6人でミニバンクラスの車だと、座ることしかできません。座ったまま過ごすとエコノミー症候群の危険が高まります。これを知らずに、翌朝おばあちゃんの具合が悪くなり、病院に行くと、エコノミークラス症候群と診断され亡くなったケースがあります。
西村)エコノミークラス症候群は、長時間同じ姿勢をとり続けることで、足の静脈に血栓ができて、それが肺に詰まって呼吸困難や心不全を引き起こす危険な病気です。エコノミークラス症候群の危険性がある車中泊は、なるべくやめた方が良いのでは?
大塚)大規模災害になると、避難所が足りなくなります。ペットや小さい子どもがいるなど、何か理由があって車中泊をせざるを得ない人もいます。車中泊は推奨されてなかったのですが、国が方針を変えて、在宅・車中泊避難者に対して、自治体が支援を行うことになりました。
西村)国は2024年の防災基本計画にやむを得ない車中泊避難への支援を盛り込みました。さらに熊本市も4月に車中泊避難の支援マニュアルを発表。車中泊の支援へと方針を大きく変えました。大塚さんは熊本市のマニュアル作成に関わったと聞きました。なぜ支援へと変わっていったのですか。
大塚)車中泊は、正しいやり方をすれば問題ありません。エコノミー症候群にならなければ。ペット問題や健康的ストレスもなく、個室なのでプライバシーも確保できる。コロナなどの感染症に関しても、個室なので安全。メリットはあるんです。熊本市は、正しい車中泊の方法を伝えようとガイドラインとマニュアルを作りました。熊本市のホームページにも載っているので、全国の自治体も参考にしてほしいです。
西村)正しい車中泊の方法について教えてください。
大塚)座ったままで過ごさないこと。車に何人寝ることができるかを事前に調べてください。足を伸ばして寝ることができるか。シートを倒してフルフラットになる車もあります。段差があると寝返りを打てないし、寝心地が悪いです。腰が痛くなることもあるので、タオルケットを敷いたり、空間があれば、ダンボールを敷いてフラットになるようにしたり...と工夫してみてください。訓練として、車中泊で遊びに行くことも推奨しています。
西村)どんなところに行ったら良いですか。
大塚)日本RV協会が、全国に「RVパーク」を作っています。24時間使えるトイレ、ゴミ捨て場があり、家庭用の電源が引き込めて、15~20分圏内に温泉施設があります。有料ですが、広い駐車スペースで安心して宿泊することができます。1回目は寝心地が悪かったら、2~3回行く内に改善して、レベルアップしていくと思います。旅行で車中泊を楽しむことが災害時の訓練になるんです。
西村)RVパークで検索してみると、いろんな施設が出てきます。近畿でも奈良・和歌山・京都などいろんなところが登録されていますね。
大塚)グルメ情報など観光スポットも掲載されているので、楽しく旅行ができると思います。
西村)車中泊の練習をして、エコノミークラス症候群にならない備えをしておかないといけないですね。ほかにどんなことを備えれば良いでしょうか。
大塚)練習をすると、車に何人寝られるかわかります。4人家族で3人しか寝られないなら、残りの1人をどうするか。近くの避難所に行くのか、車の横に1人用のテントを張るのか。事前に対策を考えておく必要があります。
西村)そのほかにエコノミークラス症候群にならないために何をすればいいですか。
大塚)きちんと水分を取って、トイレに行く。寝ているばかりではなくて、昼間は散歩などの運動をする。なるべく通常の生活のような動きをすることが大事です。
西村)大切なポイントを教えていただきました。車中泊はどこでするのですか。
大塚)現在熊本市では、熊本競輪場とアクアドームの2ヶ所が指定されています。トイレが完備されています。将来的には1区に1ヶ所は欲しいですね。
西村)家の駐車場などの近所で車中泊しても良いですか。
大塚)大丈夫ですが、避難場所を指定するのは、物資や保健師さんによる健康支援がしやすいから。車中泊避難者を1ヶ所に集めることで、行政が支援しやすくなるのです。
西村)わたしたちへの支援を届きやすくするために、場所が指定されているのですね。
大塚)まず正しい車中泊の方法を知ってほしい。絶対に座ったままで避難しないこと。熊本市のガイドラインやマニュアルを参考にして、事前に車中泊の対策を練ってください。それが災害関連死を防ぐことになると思います。
西村)大塚さんどうもありがとうございました。
2026年4月 5日(日)
第1540回「新年度スタート! 一人暮らし防災」
オンライン:危機管理アドバイザー 国崎信江さん
西村)新年度がスタートしました。就職や進学などで、この春から一人暮らしを始めたという人も多いのではないでしょうか。
きょうは、危機管理アドバイザーの国崎信江さんに、一人暮らしの備えについて聞きます。
国埼)よろしくお願いいたします。
西村)一人暮らしの人の災害への備えは、何から始めたら良いでしょうか。
国埼)一人暮らしだと、「収納スペースが少ない」「食材を使い切れない」などの理由から、その日食べられる分だけを買う生活をしがちです。でも在庫を持たない暮らしは災害時に不安。非常食に限らず、レトルトカレーやパスタ、シリアル、缶詰、お菓子など長期保存が可能な食べ物を普段から多めに買っておくと安心です。これを"家庭内流通備蓄"といいます。
西村)それは"ローリングストック"のことですか。
国埼)そうです。わたしは25年前からこの方法を社会に発信しています。「普段の食事を多めに買って、食べたら補充する」を繰り返せば、災害時も食べ物に困りません。
西村)国崎さんは自宅でどんなものを備えているのですか。
国埼)わたしは、日頃から果物を多めに用意しています。バナナ、キウイ、みかんなど3種類以上の果物を常備していて、食べたら補充しています。果物は水分もビタミンも取れるし、火も水も使わずにすぐ食べられる非常食の王様です。
西村)わたしも早速真似したいと思います。ほかにも大切な備蓄はありますか。
国埼)食べた後の心配はトイレ。停電でトイレの水が流せない、地震で便器が壊れることもあるもしれません。災害用トイレや除菌スプレー、トイレットペーパー等も忘れずに備えてください。1日の排せつ回数×1週間分は、用意をしておくと安心です。
西村)トイレには明かりも用意しておいた方が良いですか。
国埼)トイレに窓がないこともあります。懐中電灯やランタンを置くのもオススメですが、我が家では蓄電電球を置いています。トイレやお風呂、廊下に蓄電式の電球を置いておくと、停電したら自動的に電気が点くので、停電で真っ暗になってもあわてず行動できると思います。
西村)明かりがあるとないとではかなり変わってきますね。
国埼)日常的に使えて、かつ災害時に役立つものをどんどん揃えましょう。卓上のカセットコンロも引っ越しを機に備えてください。電気やガスが止まった場合でも調理ができます。温かいお湯を沸かすこともできます。
西村)一人暮らしの人は、カップラーメンをストックしている人も多いと思います。
国埼)卓上のカセットコンロがあれば、お湯を沸かすことができるので、災害時もカップ麺を食べることができます。
西村)水もしっかり用意しておいた方が良いですね。
国埼)スマホ用のモバイルバッテリー、可能であれば小型のポータブル電源があると良いです。若い人はテレビを置かずに、スマホのみで情報を取ることもあると聞いています。スマートフォンは災害時の大事な情報源なので、スマートフォンの充電用にモバイルバッテリーやポータブル電源があると安心。
西村)ラジオも今はスマホで聞いている時代なので、情報を得るためにもスマホは重要ですね。食料・水・トイレは何日分ぐらい備えたら良いですか。
国埼)多めに備蓄しましょう。少なくとも3日分といわれていますが、わたしは過去の被災地における支援の活動の経験から、1週間~10日分、それ以上あっても良いと思っています。3日ぐらいしたら救援が来て物資が届くと言われていますが、道路の事情等でなかなか物資が届かないこともあります。能登半島地震では、十分に物資が届くまで2~3週間かかったところも。さらに孤立する場所では、十分な備えをしておかないと安心して過ごせません。せめて1週間~10日分。我が家は1ヶ月分揃えています。
西村)1ヶ月分となると、かなりの量になるのでは。
国埼)まず冷蔵庫の中にあるもの、長期保存できる米やパスタの量をチェックしてください。普段備えているものだけで2週間分くらいあることに気づきます。一人暮らしなら、今の段階では備えが足りないこともあるかも知れませんが、これからちょっとずつ多めに買って備蓄を増やすことを心がけてください。
西村)ちょっと多めに買い置きをしておくだけで、「今日は手抜きをしたい」「今日は買い物に行けない」という日も安心ですね。ほかにはどのような備えが必要ですか。
国埼)家具の置き方も工夫してください。ベッドに倒れかかる位置に家具や本棚等を置かない。玄関につながる避難導線に物を置かない。
西村)どういうポイントに気をつけたら良いですか。
国埼)扉の近くに物を置くと、地震の揺れで物が倒れたら、閉じ込められてしまいます。入口付近にはできるだけ倒れそうな物を置かないでください。
西村)玄関に大きな姿見鏡を置いている家もありますね。
国埼)玄関に姿見があると、みだしなみのチェックに便利ですが、倒れないようにワイヤーをかけて固定をするなどの工夫をしましょう。
西村)ほかの部屋についてはいかがでしょうか。
国埼)トイレや入浴時に地震が起きると、閉じ込めにあう恐れがあります。一人暮らしの場合は外からの助けを待つことができないかもしれません。冬場に閉じ込められると低体温症になる危険性も。トイレのドアや鍵は閉めなくてもいいです。浴室には、防災用の笛や防水対策をしたスマホを持ち込むなど、閉じ込めに備えてください。
西村)そこまで考えたことはありませんでした。自分がケガをしても、助けに来てもらえずにそのままになってしまうことが一番怖いですね。
国埼)浴槽で閉じ込められたときは、裸なのでバスローブとかタオルとか羽織れるものも置いておくと良いと思います。
西村)一人暮らしだと被災したことを周りに伝えられない場合もあると思います。
国埼)災害時に探してくれる人をあらかじめ作っておくことが大切です。地域やマンションの防災訓練に参加して、いざというときに助けてもらえる人間関係を作っておく。気にかけてくれる人が近所にいるだけで、災害時の不安は軽減されます。
西村)単身用のマンションでは、防災訓練が行われてないこともあるかもしれませんし、仕事の都合で防災訓練になかなか参加できない人もいるかもしれません。そういうときはどうしたら良いですか。
国埼)わたしが推奨しているのは、近所になじみのお店を作ること。地元の人が経営している居酒屋、カフェ、コンビニ、お花屋さん、クリーニング店などで普段から雑談をして良い関係を作っておく。店主さんと仲良くしておくことで、いざというときに助けてもらえる可能性を高める。災害への備えを十分にして新生活を楽しんでください。
西村)素敵な方法ですね。でも、初対面の人と話すことが苦手な人もいると思いますが、どんなことから始めれば良いですか。
国埼)行きつけのお店で、「また来ました」「いつも美味しいですね」「ここのコーヒー好きなんです」など毎回ちょっと一言添えることで、会話が弾むと思います。ちょっとずつ会話を広げていくことを意識してみてください。
西村)ちょっとした一言で、人柄が見えるから会話も楽しくなりますね。そのようなつながりを作っておくとどのようなメリットがありますか。
国埼)相手が信頼できると判断した場合は、「わたしは近くのマンションに住んでいます」ということを伝えて、「災害が起きたときに連絡してくれるとうれしい」と話をしておくと安心です。
西村)具体的に住んでいる場所を伝えたり、SOSを出したりすることは大切ですね。引っ越したばかりのときや見知らぬ土地で災害にあった場合、情報を得るにはどうしたら良いですか。
国埼)災害時には、情報がなくて不安になる人が多いと思います。デマや誤った情報に振り回されないこと。行政や地域の自主防災組織に状況を聞いたり、避難所に掲示されている情報を入手したり、避難所でラジオやスマートフォンで情報を得ている人に状況を聞いてみるのも大切なことだと思います。
西村)国崎さんどうもありがとうございました。
2026年3月29日(日)
第1539回「福祉避難所の課題」
ゲスト:福祉防災コミュニティ協会理事 湯井恵美子さん
西村)災害が起きた場合、障害のある人や高齢者の避難には支援が必要です。
きょうは、福祉避難所に詳しい福祉防災コミュニティ協会理事 湯井恵美子さんにお話を聞きます。
湯井)よろしくお願いいたします。
西村)湯井さんの息子さんは、障がいがあると聞きました。どんな障害があるのですか。
湯井)今年で31歳の息子には重度の知的障がいがあります。知能レベルは1歳ぐらいで言葉も話せません。車が大好きですが信号が理解できないので1人で外出もできません。言葉で誰かに「助けて」と伝えることができません。
西村)外出するときに困ることはありますか。
湯井)初めて行く場所や初めて会う人がとても苦手。特に電車など大勢の人が集まる場所が怖くて仕方ない。怖すぎるとパニックになり、ひどくなると暴れてしまいます。その場にうずくまって泣いてしまうこともあります。
西村)災害時、慣れている自宅から別の場所に避難するのは難しいと思いますか。
湯井)一般の避難所で、障がいのない人たちがたくさん集まる場所は彼にとって苦痛な場所だと思います。
西村)息子さんとの生活で、防災面で対策をしていることはありますか。
湯井)地震対策で最初に考えなければならないのは耐震性。わたしが住んでいるマンションは、一番強い耐震基準で建てられています。中にはたくさんの備蓄品を置いています。食べ物や薬、トイレは1ヶ月分。彼には、緊急地震速報の音でパニックを起こさないように、慣れる訓練もしています。緊急地震速報を聞いたら、慌てずすぐに玄関に移動して玄関のヘルメットをかぶり、靴を履くまでを訓練しています。
西村)何年も続けているのですね。
湯井)訓練は10年続けています。
西村)難しいことを訓練して慣れさせていくこともひとつの防災なのですね。
湯井)慣れることができたら、できないと諦めることが少なくなります。慣れることは大事なこと。
西村)一般の避難所に息子さんと一緒に行ったとしたらどうなると思いますか。
湯井)受付で並ぶことから耐えられないと思います。そういう場所は彼にとっては避難場所ではないと思います。
西村)肩をたたかれて、「こっちにお弁当あるから取りにおいで」と知らない人に言われたらどうなりますか。
湯井)大パニックになると思います。知的障がいが重い人は、自分の目の見える範囲しか理解できません。後ろから肩を叩かれるのは、暗闇から手が出てくるようなもの。
西村)わたしたちが想像する以上にいろんなことが怖いのですね。そのような障がいがある息子さんは、学校などの避難所に行くのは難しいので、福祉避難所があるのですね。
湯井)生活全般に支援が必要な人は、自分が慣れ親しんだ福祉関係の事業所や特別支援学校に避難して、避難生活を送ります。高齢者や障がい者の入所施設が、福祉避難所として各市町村から指定されています。指定された福祉事業所や特別支援学校では、避難者の滞在に使う物品を保存してあり、防災計画にそって繰り返し訓練が行われています。
西村)福祉避難所は全国にどれぐらいあるのですか。
湯井)全国に2万6000ヶ所以上あります。これからどんどん増えていくと思いますが、公示していない市町村もあります。
西村)大阪市のホームページを見ると、福祉避難所は約360ヶ所あります。リストには施設名と住所が記載されています。公表していない施設もあるのはなぜですか。
湯井)災害が起きたときに本当に使えるかどうかわからないからです。公示することによって、たくさんの人が押し寄せると、福祉事業所側が困ってしまうからです。
西村)福祉避難所として指定されている施設が被災してしまったら、開設できないですもんね。そこに大勢の人が詰めかけてしまうということは、過去の災害でもあったのでしょうか。
湯井)熊本地震や能登半島地震でもありました。熊本地震では90%以上の建物が被災。高齢者施設は2000年以降に建てられている新しい建物が多いので、みなさんトイレを求めて避難してきました。福祉事業所しか空いてないから、高齢者や障がい者だけではなく、一般の人もトイレを使うために押し寄せました。
西村)受け入れるスタッフは足りていましたか。
湯井)能登半島地震は日中に起こりましたが、正月で職員の数が少なかった。トンネルや道も被災していたので、職員が遠くから施設に来ることができませんでした。少ない職員で数百人の避難者のケアをした福祉事業所も。能登半島は高齢者が多く、極寒の時期でした。停電で寒く、余震も怖い。津波避難も必要だったので、高台にある福祉事業所にみなさんで避難したそうです。
西村)ただでさえ、いつも通っている利用者、高齢者でいっぱいだったでしょう。
湯井)認知症の高齢者約70人をスタッフ5人ぐらいでケアしたそうです。何も起きていなくても大変なのに、電気も水道も使えない。揺れの影響でスプリンクラーが誤作動して、施設中水浸しになり、高齢者の布団を片付けて、暖房も効かない中、着替えをさせる。それを70人分。5人で面倒を見ないといけない。さらに外からの避難者の対応...。もう無理ですよね。とても過酷な状況だったと思います。
西村)わたしたちは、どうしたら良いのでしょうか。
湯井)まずは自分で備えをしておくことが基本。南海トラフ地震の場合、最大で大阪府全域で震度6弱の揺れになります。逃れようがないので、震度6弱に耐える家に住んでおくことも大事。丈夫な家に住んだ上で、家具の固定をきちんとしておく。少なくとも寝屋には、背の高い家具は置かない。なるべく物の少ないシンプルな生活を心がけて過ごす。水・食料と薬、トイレの備蓄をして、なるべく在宅で過ごせるようにしておくことが大事です。
西村)湯井さんは、薬など1ヶ月分準備しているのですね。
湯井)水は300Lほどあります。無洗米は15kg。ガスボンベは15本。我が家は鍋料理が多いので、どんどん使って新しくしています。
西村)ローリングストックですね。しっかり備えをしておくことは、高齢者、障がいのある人だけではなく、みんなに必要なことですね。家が住めなくなって、福祉避難所に行く場合、どのような手順で行くことができるのですか。
湯井)市町村が福祉事業所や特別支援学校に指示し、福祉避難所を開設しますが、これまでの災害で順調にいった例はありません。避難者を受け入れた段階で、福祉避難所は機能するので、高齢者や障がい者を受け入れた段階で開設となります。
西村)避難に対してどんな備えをしておけば良いでしょうか。
湯井)各市町村が、災害時避難行動要支援者名簿を作っています。その名簿に従って、個別避難計画作っておきます。日頃通っている特別支援学校や福祉事業所に避難の相談をして、避難先が決まったら各自治体に届け出を出します。
西村)特別支援学校に通っている児童・生徒が、学校と話し合いをしている例もあるのでしょうか。
湯井)そのような学校が増えてきました。
西村)特別支援学校に通っている児童・生徒は、どのように話し合いを進めて、どんなことを決めているのですか。
湯井)特別支援学校は、校舎は一般の学校と同じ。福祉避難所として使えるところは体育館・教室です。一般の学校と比べて、医療的ケアができる物品の充実、バリアフリーなどの施設面のメリットは大きいですが、長期滞在には少し問題があります。
西村)どんな問題ですか。
湯井)長く生活していく上で生活環境はすごく大事。プライバシーが守られて、きちんとしたベッド・布団で寝られて、家族と一緒に過ごすことができる場所。そこに福祉サービスがなければ、障がい者・高齢者は、どんどん弱ってしまうのです。
西村)能登半島地震で被災した障がいのある人はどうなったのでしょうか。
湯井)大変な思いをしていました。福祉事業所で家族と一緒に生活をするのですが、雑魚寝状態です。福祉避難所の数が足りないので、どうしても雑魚寝になります。職員さんは献身的に支えてくれていました。
西村)一般の避難所に行くのは難しかったのですね。
湯井)一般の避難所は、市町村立の小学校・中学校。知的障がいをもつ子どもが、家族と一緒に学校に避難をしたのですが、学校も被災しているし、大勢の人が集まっていて、普段通っている特別支援学級にも知らない人がいる。そうなるとパニックを起こます。それで、親御さんも一緒に追い出されてしまう事例もありました。
西村)しっかりと準備をしておかなければならないですね。
湯井)避難している一般の人たちも怖い思いをしています。そんな中で、みんなのルールに従えないと一緒には生活していけません。そのためにあるのが福祉避難所。お父さんやお母さんが、お子さんのパニックがクールダウンするまで、心身ともに健やかに生活していける場所を考える間だけでも、特別支援学校で生活ができたら。慣れ親しんだ先生と話をして、勇気を奮い起こして、そこから新たな生活再建を考えられたらと思います。
西村)湯井さんどうもありがとうございました。
2026年3月22日(日)
第1538回「防災の大切さを伝える中学生防災士」
ゲスト:中学生防災士 佐藤愛美さん
西村)2003年から資格試験が始まった「防災士」は、社会のさまざまな場所で、防災・減災活動ができる知識と技能を証明する民間資格です。2月末時点で約35万3000人が防災士として認証されています。
きょうは、中学生の防災士、佐藤愛美さんにスタジオにお越しいただきました。
佐藤)よろしくお願いいたします。
西村)愛美さんは今、おいくつですか。
佐藤)14歳です。この春から中学3年生になります。
西村)防災士講座や資格試験を受けて防災士になったのですか。
佐藤)はい。昨年の10月に防災士になりました。
西村)試験は難しかったですか。
佐藤)少し難しかったです。
西村)愛美さんが防災士の資格を取ろうと思ったきっかけは?
佐藤)わたしが生まれた2011年に東日本大震災や紀伊半島大水害などさまざまな災害が発生して、たくさんの命が失われました。そのような災害から少しでも多くの命を救うために、わたしにもできることがあるのでは...と防災士の資格を取得しました。
西村)すばらしいですね。防災士としてどのような活動をしているのですか。
佐藤)地域のイベントや図書館などで、「防災教室」を開いています。ほかに、ケーブルTVへの出演やSNSの発信を通して、防災に関する啓発活動を行っています。
西村)去年の10月に防災士を取得したばかりで、さまざまな活動をしているのですね。先月、「和歌山幼保小教育フェア」のイベント会場で「まなちゃんの防災教室」が開催されました。和歌山県の幼稚園・保育園・小学校の児童や保護者を対象にしたイベントです。その模様をお聞きください。
音声・佐藤)智辯学園和歌山中学校2年生の佐藤愛美です。わたしが生まれた平成23年には、東日本大震災や紀伊半島大水害などのさまざまな災害が発生しました。一瞬で命が奪われる災害から少しでも多くの命を救うために、わたしにもできることがあると思い、防災について学んで、防災士の資格を取得しました。
きょうは、災害が起こったときに役立つ「紙食器」を作りたいと思います。新聞紙1枚でお皿を作ることができて、この中におでんやジュースを入れて、飲んだり食べたりすることができます。
次に、絵本を紹介します。わたしが生まれた2011年に紀伊半島豪雨が発生して、和歌山県内では、土砂災害が多発。三重県・奈良県・和歌山県の3県で亡くなった人、行方不明になった人が88人という大きな被害でした。この水害の教訓を子どもたちに伝える絵本が、『川がパンクしちゃった! もりのがっこう と どうぶつたち』という絵本です。では、絵本を読みます。
(絵本の朗読)
最後に「防災〇✕クイズ」をします。
第1問「学校の中で、地震が起きたときは急いで外に出る」〇or✕
答えは✕です。外に急いで出るととても危険です。家や学校の中で地震が起きたときは、その場で頭や体を守りましょう。
最後まで聞いてくれてありがとうございました。ひとりひとりの助け合いの気持ちが多くの命を救うことにつながります。これから起きる災害に対して、少しでも防災意識が高まるとうれしいです。本日はありがとうございました。
西村)「まなちゃんの防災教室」楽しいですね。小さなお子さんも〇✕クイズに参加している声が聞こえてきました。「まなちゃんの防災教室」を企画した智辯学園和歌山小学校の瀬戸研司先生と防災教室に参加した児童に感想を聞きました。
音声・ディレクター)「まなちゃんの防災教室」いかがでしたか。
音声・瀬戸)伝えたいことを一生懸命語る姿に、心を打たれて、防災の大切さを学ぶことができたと思います。
音声・ディレクター)今何年生ですか。
音声・小学4年生)4年生です。
音声・ディレクター)「まなちゃんの防災教室」に参加してみていかがでしたか。
音声・小学4年生)防災についてよくわかりました。新聞紙でいろいろなものを作れることが勉強になりました。川がパンクすることの理由がわかりました。とてもびっくりしました。
音声・ディレクター)何年生ですか。
音声・小学6年生)6年生です。災害が来るかも知れないので怖いと思ったし、備えないといけないと思いました。
音声・ディレクター)何が一番勉強になりましたか。
音声・小学6年生)お皿の作り方が簡単で、ためになりました。
音声・ディレクター)「まなちゃんの防災教室」に参加して防災力は上がりましたか。
音声・小学6年生)知らなかったことでわかったことが多かったです。
西村)瀬戸先生と参加者の児童2人の感想を聞いてもらいました。瀬戸先生のお話を聞いていかがですか。
佐藤)瀬戸先生はわたしが小学校3年生・4年生のときの担任の先生です。中学校の先生や母校の先生も、防災士としての活動をたくさん応援してくれているので、とても心強いです。
西村)まなちゃんをきっかけに防災の輪が広がっているんですね。参加者の児童は、いろんな発見があったようですね。みんなの感想を聞いてどう思いますか。
佐藤)これからももっとみなさんに防災・減災の大切さを伝えていきたいと思いました。
西村)防災クイズの内容は自分で考えているのですか。
佐藤)お母さんに相談しつつ、ほとんど自分で考えています。
西村)ここで、ぜひクイズを出してもらえますか。
佐藤)わかりました。ではクイズです。「避難グッズを入れた非常持ち出し袋は、すぐに食べ物を入れられるように台所に置いておく」〇か✕か?
西村)非常持ち出し袋をどこに置くか...。台所に置いていたら、ジュースやみかんの缶詰など、子どもたちが好きなものをパパっと入れて避難できそう...。正解は〇!
佐藤)✕です。非常持ち出し袋は、玄関など家の出入口に近いところに置きます。車のトランクや外の物置などすぐに取り出せる場所に置いておくと、家が被害を受けてもすぐに取り出せるので安心です。
西村)そうですね。何も入れていないリュックだけ台所に置いていても、あわてて逃げるから、落ち着いてものを入れられないですよね。「防災教室」の中で、絵本の読み聞かせもしていました。紀伊半島大水害の教訓を伝える絵本『川がパンクしちゃった! もりのがっこう と どうぶつたち』を選んだのはなぜですか。
佐藤)私は15年前に発生したこの大水害は体験していないのですが、和歌山県に旅行に行ったときに、水害の爪痕を目にしたことがきっかけで、防災士を目指すようになったからです。
西村)どんな爪痕を見たのですか。
佐藤)土砂が流れてきている写真を見て、水害の恐ろしさを感じました。
西村)この絵本を読んで、どうでしたか。
佐藤)絵もわかりやすく、子どもたちにも伝わる絵本だと思います。
西村)この日のイベントを振り返っていかがですか。
佐藤)この絵本の作者である和歌山大学の後(うしろ)先生にもお会いできました。先輩たちが残してくれた水害の記憶をわたしたちが伝えて行きたいです。
西村)この絵本、とても絵がかわいいですよね。
佐藤)最高です。"推し"の絵本です!
西村)『川がパンクしちゃった! もりのがっこう と どうぶつたち』、まだ読んだことないという人は、ぜひ読んでみてください。これから防災士として、どんな活動をしていきたいですか。
佐藤)現在、日本防災士会大阪府支部で小中高生の防災士5人で、いろいろなイベントで活動しています。これからも若い世代のわたしたちの視点で情報を発信して、老若男女問わず、防災活動の幅を広げていきたいと思っています。
西村)防災士と聞くと、大人ばかりかなと思っていたんですけど、小中高校生の防災士5人でグループを作っていると聞いてびっくりしました。この5人だからこそ出るアイディアもきっとあるのでしょうね。1人で考えるのと、5人でアイディアを出し合うのは違いますか。
佐藤)全然違います。
西村)どんなところが違いますか。
佐藤)みんなそれぞれ違う案を持っているので、ひとりで考えるよりより良い防災をみなさんに発信することができます。
西村)まなちゃんに憧れて、「わたしも防災士になる」という子もこれから増えていくと思います。まなちゃんが中学生防災士として、リスナーに伝えたいことは何ですか。
佐藤)これから日本では、少子高齢化となるので、身近な対策が必要です。ひとりひとりの助け合う気持ちが命を救うとことにつながると思います。日頃から災害に備えて、家族で防災について話し合って欲しいです。災害が起こる可能性が高まったときは、近所の人と声を掛け合って、早め早めの避難を心がけて欲しいです。
西村)声を掛け合うことが大切ですね。
佐藤)これから起こる災害に対して、防災意識が少しでも高まってくれればうれしいです。
西村)きょうは、制服姿でしっかりと思いを伝えてくれました。中学生防災士の佐藤愛美さん、どうもありがとうございました。