2026年9月20日(日)
第1564回「熊本地震 被災地への入浴支援」
オンライン:防災アナウンサー 奥村奈津美さん
西村)きょうは、熊本地震の被災地で、入浴支援を行っている防災アナウンサーの奥村奈津美さんとオンラインでつながっています。
奥村)よろしくお願いいたします。
西村)奥村さんはどのような入浴支援をしているのですか。
奥村)わたしが災害対応コーディネーターを務めている危機管理教育研究所では、地震発災3日後の7月31日から、要配慮者にお風呂を届ける「テルマエ・クマモト」プロジェクトを行っています。
西村)「テルマエ・クマモト」というネーミングが気になりました。
奥村)映画化された人気漫画「テルマエ・ロマエ」からヒントをもらいました。テルマエ・ロマエは、"ローマのお風呂"という意味。それを捩って「テルマエ・クマモト」=熊本のお風呂。「テルマエ・ロマエ」の作者ヤマザキマリさんから、応援のイラストもいただきました。"入浴は命の栄養です"というキャッチコピーもヤマザキさんが考えてくれました。
西村)要配慮者とはどんな人のことですか。
奥村)高齢者や体が不自由な人、障がいがある人、乳幼児など、災害時も厳しい状況に置かれる人のことです。
西村)要配慮者への入浴支援はどこでどのように行ったのですか。
奥村)今回は、被害の大きかった氷川町、八代市を中心に、高齢者の福祉施設や福祉避難所で入浴支援を実施しています。普段、在宅介護者に入浴サービスを届けている訪問入浴車の事業者と一緒に、自治体、DMAT、福祉施設と連携して行っています。訪問入浴車の中には、組み立て式の浴槽、水をためるタンク、ボイラーがセットになっています。なので、どんな場所でもお風呂に入ってもらうことができます。
西村)これまでどれぐらいの期間、何人ぐらいに入浴支援を行いましたか。
奥村)これまで50日ほど実施。要配慮者のべ1200人にお風呂入ってもらいました。
西村)入浴支援を受けた人のインタビューをお聞きください。
音声・介護スタッフ)久しぶりにお風呂入ってどうでしたか。
音声・利用者)気持ちよかった~!極楽!
音声・介護スタッフ)綺麗になった?
音声・利用者)気持ちよかった~。うれしかった~。
音声・奥村)お風呂は好きですか。
音声・利用者)大好きよ~!
音声・奥村)ずっと入れなくて辛かったですね。
音声・利用者)よかった~!
西村)「良かった~」「極楽」と言っていたおばあちゃんの気持ちが伝わってきました。
奥村)要配慮者の中には、言葉が話せない人もいますが、表情が明るくなって、みなさん笑顔を見せてくれました。職員も「こんな表情は見たことがない」と記念撮影するほど。発災直後から活動していますが、全ての施設に一気にお風呂を届けることはできないので、40℃近い暑さの中で1~2週間、お風呂に入れない状況が続いていた施設もありました。頭の痒さを訴える人、あせもができて体をかきむしる人、3回ぐらいシャンプーをしないと泡立たない人もいました。
西村)それだけ頭がベタベタになっていたのですね。
奥村)この暑さの中、お風呂に入れないのは普通の人でも気持ち悪いと思います。要配慮者にとっては、健康に直結する問題だと感じました。
西村)お風呂に入ると、体調が良くなることもありますか。
奥村)寝たきりの人は、床ずれなど皮膚の疾患があります。入浴は床ずれの予防になることも。血流が良くなり、認知機能の維持にも効果的。衛生環境を保つことができるので感染症予防、全身運動による筋肉の緊張の緩和、ハビリ効果などもあります。
西村)お風呂に入る前と入った後、どんなお話をしましたか。
奥村)お風呂は1回入ったら終わりではなく、定期的に入る必要があるので、わたしたちは、福祉施設に毎週のようにお邪魔しています。ある福祉避難所では、わたしたちのお風呂支援が「1週間の楽しみ」という人が何人もいて。「避難所では何もやることがなくて気が狂いそう」という男性は、「入浴支援を受けると心も体もほっとして、ゆっくり休める」と言ってくれました。お風呂の時間が癒しにつながっていると感じました。
西村)施設のスタッフはどのような話をしていましたか。
奥村)配管やボイラーが修復され、お風呂に入れる状況になると、施設からは「この1ヶ月半、入所者の命をつなげたのは、みなさんのおかげです」という言葉がありました。施設のスタッフも家が壊れるなど被災している中で、何とか入所者の命をつなごうと懸命にサポートしてくれています。入所者から「頭がかゆい」「お風呂に入りたい」という声があっても叶えることができなかった。でも、「テルマエ・クマモト」の支援を受けることができて「本当に助かった」と言ってくれました。
西村)地震発生後、氷川町と八代市は断水していました。入浴に使うお湯はどうしたのですか。
奥村)訪問入浴車のタンクの中には250Lの水を溜めることができます。シャワー浴など、水を節水して使えばある程度の人数がお風呂に入ることができます。多くの人に入ってもらうためにさまざまな工夫をしています。たまたま出会った農家さんが仮設のプールを設置してくれて、3000Lぐらいの水をポンプで吸い上げながら入浴支援したことも。並走する給水車から給水しながら入浴支援をしたこともあります。農家さんは、直後から自身も被災しているにも関わらず、「地域にできることは何かないか」と給水活動をしていました。「地域の方々の入浴の支援ができて、ありがたかった」と言っていました。
西村)みなさんの温かな気持ちで支えられているのですね。
奥村)わたしたちだけでは何もできません。訪問入浴の事業者や全国の看護師、介護の経験がある人などみなさんのお力添え、福祉施設のスタッフのサポートもいただきながら、多くの人にお風呂を届けることができています。
西村)なぜ要配慮者に向けた入浴支援を始めたのでしょうか。
奥村)実はこのプロジェクトは、初めてではなく、2年前の能登半島地震でも実施していました。そのときは「テルマエ・ノト」という名前で。そのときも断水が続く中で、多くの要配慮者がお風呂に入れていませんでした。自衛隊のお風呂が届いているという報道があったかもしれませんが、自衛隊のお風呂は手すりがない、浴槽が深いことがあり、寝たきりや体が不自由な人は入ることができません。入浴できない状況の中、施設スタッフに話を聞くと、床ずれなどの皮膚疾患が悪化している人、顔が真っ白になって、血流が巡ってない人がいると。そのときは3ヶ月間、わたしたちが入浴支援を行いました。
西村)今回、熊本で活動を続けていますが、振り返ってみてどうですか。
奥村)水問題が大きいです。水道管の復旧は完了していますが、家の中や福祉施設の配管、入浴設備の復旧は、事業者の数も少なく、なかなか進みません。八代など、水道水が通っていない地域も広く、そのような地域は井戸水で生活しています。今回は井戸が被災してしまったことで、水が枯れて、砂が混じり、井戸自体が使えなくなっています。新たに井戸を掘らないと復旧できない福祉施設もあります。すぐには復旧できないので、長期にわたって断水が続く状況です。
西村)「テルマエ・クマモト」のプロジェクトはいつまで続けますか。
奥村)支援している福祉施設が入浴できる状況になるまで支援を続けたいです。9月末までは続けることが決まっています。10月以降も復旧が難しいと思うので、できる限り、続けていきたいです。
西村)施設に通っていて、お風呂に入った利用者の変化は感じられましたか。
奥村)だんだん顔なじみになってくるので、前回の会話を受けて話します。福祉施設には、会話が難しい人も多いですが、福祉避難所には、介護度が低い方もいて、会話ができます。ある福祉避難所の男性は、回を重ねるごとに自宅の状況や今の気持ちを打ち明けてくれるように。印象的だったのが、「うまかっちゃん(熊本の即席袋麺)が食べたい」という言葉。「避難所だと調理できないので、家に帰れたら一番に食べたい」と話してくれて。避難所だと自分の気持ちを抑えて過ごすことが多いと思いますが、心の中の言葉を打ち明けてくれたんです。そのような会話が少しでも希望や前向きな気持ちにつながったら良いなと思います。
西村)今回、奥村さんが改めて感じた必要な備えは?
奥村)電気・ガス・水道・通信などが使えなくなってしまうので、備えが大事だと感じました。能登のときもそうでしたが、今回も水問題が長期にわたって続いています。発災直後は、支援物資は拠点までは届いていても、その先に配る「ラストワンマイル」の問題が大きく立ちはだかりました。各家庭で最低でも1週間分ぐらいは備蓄しておくことが大事だと改めて感じました。
西村)1週間分の備蓄をしっかりとするということですね。
奥村)余震も続く中、暑さの中、屋外で並ぶなど、厳しい状態になります。直後の1週間だけでも備蓄があると、心の安心感も違うと思います。
西村)水を運ぶのも並ぶのも大変ですよね。
奥村)外に出るのが危険な暑さが続いていましたので、長時間並ぶのは過酷ですし、命の危険もあります。車で遠くまで買いに行くとガソリンの問題もあります。発災直後はガソリンも手に入らないので、1週間分程度は、家に備蓄しておくと良いと思います。
西村)リスナーにぜひこれだけは伝えたいということありますでしょうか?
奥村)被災した地域では、不便な生活を送っている人もまだまだ多いです。入浴は、1回入ったら終わりではなく、定期的に入ることが必要。わたしたちは、ボランティアで活動しているので、みなさまからの温かい寄付によって支援が続けられています。被災地に何かエールを送りたい人は、無理のない範囲でお力添えいただけたら幸いです。
西村)「テルマエ・クマモト」プロジェクト特設サイト
https://www.kikyoken.or.jp/thermae-kumamoto/index.html
リスナーのみなさん、この機会にぜひご覧ください。奥村さんお忙しい中、どうもありがとうございました。
2026年9月13日(日)
第1563回「台風シーズンに考える "気象病"」
オンライン:株式会社ヘッジホッグ・メドテック 安中朋哉さん
西村)現代病として少しずつ周知されてきている気象病。天気が悪くなるとさまざまな症状が現れてしまうというものです。気象病のひとつである頭痛を予測してくれる 「頭痛ーる」というサイトやアプリがあります。
きょうは、この「頭痛ーる」を運営している株式会社ヘッジホッグ・メドテックのリードデザイナー、安中朋哉さんに話を聞きます。
安中)よろしくお願いいたします。
西村)気象病とはどんなものですか。
安中)気象病は、気圧や気温、温度など天気の変化に伴って起こる体調不良の総称です。代表的なものとしては、頭痛やめまい、だるさ、関節痛、昔のケガや古傷が痛むなどの症状があります。元々持っている頭痛などの症状が気象の変化をきっかけに出やすくなったり、強くなったりします。
西村)なぜ天気の変化で体調が悪くなってしまうのでしょうか。
安中)耳の奥にある内耳が気圧の変化を感じ取ることが要因と考えられています。内耳は平衡感覚に関係している場所。気圧の変化を感じ取ることで、自律神経に影響して、頭痛やめまいなどの症状につながるという説があります。ただ、人によって反応する条件がかなり違います。気圧が下がると調子が悪くなる人もいれば、気圧が上がったときに症状が出やすくなる人もいます。
西村)人それぞれ違うのですね。この気象病はいつから知られるようになったのですか。
安中)気象と体調の関係は以前から知られていましたが、気象病という言葉が一般に広く知られるようになったのはここ十数年くらい。「雨が降ると古傷が痛む」「雨が降る前に頭が痛くなる気がする」という人が多いです。そのような人たちが、「頭痛ーる」やSNSを通してつながって、天気と体調の関係を認識したのだと思います。
西村)気象病は1年の中で何月が特に注意すべきですか。
安中)梅雨や春先や秋から冬にかけての季節のかわり目など、気圧の変化が起きやすいときに気象病になる人が多いです。「頭痛ーる」のアプリでは、頭痛を記録することができます。その記録が梅雨時期になると増えるので、1年を通して気圧との相関がわかってきています。
西村)みなさんが使うことによってどんどんデータが構築されているんですね。先日は千葉でも豪雨災害がありましたね。
安中)台風が来ると急激な気圧変化が起こります。ゲリラ豪雨が発生すると気圧の変化があるので、注意が必要です。
西村)ゲリラ豪雨に体が反応している可能性もあるかもしれないのですね。
安中)気圧の変化に敏感な人の中には、ゲリラ豪雨が来る前にわかる人もいると思います。自分の体調で雨や台風がわかる人もいます。
西村)男女差はあるのでしょうか。
安中)一般的には、女性の方が偏頭痛になりやすい。それは女性ホルモンの変化などいくつかの要因が関係していると考えられています。「頭痛ーる」ユーザーも女性の割合が多いです。
西村)気象の症状の代表といえる頭痛を予測してくれる「頭痛ーる」とは、どんなアプリですか。
安中)「頭痛ーる」は、"気圧による体調不良が起きやすくなる日"を予測するサービスです。天気予報のように気圧の変化に気を付けるべきタイミングをアラートで教えます。通常、やや注意、警戒...と段階に分けて気圧アラートを表示して、体調に気をつけるべき日を予測してくれるんです。
西村)アプリを使ってみましたが、気圧の変化のグラフがわかりやすいですね。場所を移動したらその場所のグラフが出て便利。キャラクターもかわいいですね。
安中)気象病や気圧について、わかりやすく伝えるために親しみやすいキャラクターにしています。体調が優れないときにアプリを開くことが多いと思うので、少しでも癒しになれば。
西村)サービスを始めたのが2013年。開発はいつ頃から始めたのですか。
安中)2012年中旬ぐらいから開発をスタートしました。
西村)開発に至った経緯は?
安中)元々社内の気象予報士が、天気と頭痛の関連について研究していたのが始まりです。天気だけではなく、健康への影響まで含めた海外の「健康気象予報」を参考にしながら、気圧と体調の変化を合わせてみると何か役に立つサービスになるのではないかと。
西村)どんなことがわかりましたか。
安中)気圧の変化による体調への影響について調査しました。僕自身、それまでは、気圧による頭痛の自覚はなかったんです。開発当初、頭痛があった日をカレンダーにチェックすると、気圧が下がったタイミングとぴったり合っていてびっくりしました。寝違えなどが要因だと思っていたのですが、気圧とぴったり合っているなんて...。
西村)そこから社内での実証実験を経て、リリースをしたのが2013年。そこから広がったきっかけは。
安中)公開する前は、受け入れてもらえるのかという不安半分、期待半分でした。しかし、実際に公開してみると早い段階から多くの反響をもらいました。「こんなアプリを待っていた」と反応がありました。特にX(当時のTwitter)などのSNSと相性が良かった。梅雨や台風の時期など気圧が下がると「こういうアプリがあるよ」と口コミで広がっていきました。
西村)アプリのユーザーからはどんな反応がありましたか。
安中)「自分だけじゃなかった」「頭痛持ちの人に教えてあげたい」という反応がありました。頭痛持ちの患者と医者の間でこのアプリが広まりました。いろんな口コミをもらっています。
西村)どのような基準で警戒度を決めているのですか。
安中)これまでユーザーに記録してもらった頭痛データと気象データの蓄積を組み合わせて、頭痛が起こりやすい気象条件を予測。時間ごとの予報では、通常・やや注意・注意・警戒という段階に分けてアラートを出します。時間単位で出す気圧グラフという機能があり、天気予報のように1日ごとの予報も出しています。そちらでは、警戒が続いたときに、「超警戒」という形で、特に注意するべき日の予報を出しています。
西村)わかりやすいですね。自分の記録をつけることで何か見えてくることはありますか。
安中)記録をつけることで、自分はどのような気圧変化に反応しやすいのかが少しずつ見えてくると思います。気圧が下がったときに体調が崩れがちな人、気圧が上がったときに体調崩れがちな人。人によっては気圧が下がる手前で過敏に反応する人、気圧が激しく上下したときに反応する人もいます。
西村)そこまで詳しく自分のタイプがわかるんですね。
安中)「頭痛ーる」で記録を10回つけると、AIがタイプを判別してくれる機能があります。10回記録をつけると、自身の体調と気圧の関係がタイプ別でわかります。
西村)今この放送を聞いて、「わたしも気象病かも?」と思った人は、このアプリをどのように使っていったら良いですか。
安中)まず自分の体調と天気の関係を知るところから始めてください。「なぜ今日はこんなに調子が悪いんだろう」と理由がわからないことがストレスになります。体調が優れないときにアプリを見て、気圧の変化や天気予報を確認しておくと、「明日に備えて少し早めに寝よう」などの対策ができると思います。
西村)「頭痛ーる」を活用することで、薬を飲むタイミングもわかりますか。
安中)早めに予防薬の準備することもできると思います。
西村)事前の備えや行動について考えることが安心につながりますね。安中さん、どうもありがとうございました。
2026年9月 6日(日)
第1562回「熊本地震 子どもの心のケア」
オンライン:熊本大学大学院 教授 大塚芳生さん
西村)7月28日に発生した熊本地震から1ヶ月以上が経ちました。避難所での生活や車中泊など、不自由な環境での生活にストレスを感じているのは、大人だけではありません。今、被災地では、子どもたちへの心のケアが必要とされています。
きょうは、10年前の熊本地震で子どもたちの心のケアにあたった熊本大学大学院 教授 大塚芳生さんにお話を聞きます。
大塚)よろしくお願いいたします。
西村)被災した子どもたちの心は今、どのような状態なのでしょうか。
大塚)学校が再開して日常が戻るので、多くの子どもたちは自然に心が回復すると思います。ただ、まだ発災から1ヶ月なので、不眠、イライラなどのトラウマ反応が出る子どももいます。今の時期は、子どもたちの自然な回復力を高めるために安全確保が大切。今後、地震の恐怖を感じる子どもたちは減っていきますが、住まいの変化など二次的な要因でストレスを感じる子どもたちが増えるので十分な配慮が必要です。
西村)避難所から仮設住宅に引っ越しをするなどの変化もあり、ストレスが出てくるのですね。「9月1日問題」と言われるように、9月は子どものストレスが高まる時期。ここに災害による避難生活が重なると、さらにストレスが高くなるのでは。
大塚)その可能性はあります。わたしのこれまでの研究で、2016年の熊本地震でストレスが高かった子どもは、2020年にコロナウイルスによるストレスも高い傾向にあったことがわかりました。災害ストレスは、他のストレス要因を高める可能性があります。学校が再開して、親に迷惑をかけないように頑張ろうと、過剰に適応して登校する児童生徒も見られます。
西村)「学校に行きたくない」と言ったら、無理に登校させない方が良いですか。
大塚)本人の意思に任せながら、できるところから寄り添っていくことが大切です。
西村)「今日はどうしたいの?」と聞いて、子どもに決めてもらうことが大切なのですね。
大塚)子どもたちの自己決定に寄り添うこと。できたり、できなかったりの繰り返しで回復します。右肩上がりには回復しないので、もう良くなったと思い込みすぎないように。
西村)子どもがストレスを感じていると、どんな症状が出るのでしょうか。
大塚)トラウマ反応です。10年前の学校再開時には、保護者から離れられない児童が出てきました。いわゆる「赤ちゃんがえり」です。頭痛、腹痛、眠りが浅いなどの症状がある子どももいました。
西村)未就学児だけではなく、小学生・中学生も同じような状況でしたか。
大塚)はい。トラウマ反応は、大人にも子どもにも出ます。
西村)トイレに1人で行くのを嫌がることもありますか。
大塚)そのような症状も多かったです。
西村)特に気をつけたい症状はありますか。
大塚)やけにしっかりしている子、全く弱音を吐かない子は、親に心配かけないように振舞っていることがあります。子どもによっては、ストレスが見えにくいこともあるので、頑張りすぎている可能性があります。
西村)頑張りすぎている子どもたちやストレスを感じている子どもに家族や周りの大人は、どのように接したら良いのでしょうか。
大塚)普通に接して、子どもたちが自分たちでやろうとしていることをしっかり認めて寄り添うことが大切。「もう元気になったから大丈夫」と思い込まないこと。ふとしたきっかけでフラッシュバックを起こすことあります。
西村)どんな言葉で声をかけたら良いですか。
大塚)特に言葉かけるわけではなく、子どもたちの日常に寄り添うことです。例えば子どもが夜寝られないなら、一緒に寝てあげる、背中をさすってあげる。そのような日常的な親子の関わりが子どもの安心感を高めてストレス反応を小さくします。そこに注意すれば、取り立てて言葉をかける必要はないと思います。
西村)睡眠が大事ですか。
大塚)睡眠が大きなポイントになると思います。眠れなくなると昼夜逆転、ゲーム依存などになることも。睡眠や食事には気をつけてください。
西村)手をつなぐ、ハグをするのも効果的ですか。
大塚)夜になると不安になる子どもが多いので、一緒に手をつないで寝てあげる。背中に手を当ててあげるだけでも子どもの安心感が促進され、自己回復力が進みます。
西村)避難所で暮らす人は、ゆっくり眠ることも難しいと思うのですが、何かアドバイスはありますか。
大塚)10年前は、朝からラジオ体操をして起床時間を整えたり、うまく寝られない子どもたちは、眠りのためのリラックス法を試したりしていました。布団に入った状態で、手や足、お尻など体にギュッと力を入れて、その後ふわっと力を抜くんです。筋肉に意図的に力を入れたり抜いたりすることで、心身をリラックスさせる方法です。
西村)ふわっと力を抜くんですね。息は吐きながらの方がいいですか。
大塚)そうですね。顔も一緒に力を入れてください。ポイントは、ふわっと力を抜くこと。
西村)今、「ふわっ」と口で言っただけでも、ちょっとリラックスしました!
大塚)先日、学校再開前に学校の先生たちにこのリラックス法を体験してもらったんです。その後、学校でリラックス法を習った子どもの保護者から感謝の連絡が来ました。子どもたちの自己回復力を高める一つの方法として、ぜひ活用してください。
西村)これは大人でも活用できますね。それでも良くならない場合はどうしたら良いでしょうか。
大塚)その場合は、積極的にスクールカウンセラーに相談して、必要ならお医者さんにつないで、段階的に対応していく必要があると思います。
西村)まずは担任の先生に伝えたら良いですか。
大塚)はい。心配事は学校に担任の先生に相談するのが良いと思います。
西村)どのぐらいの間、子どものようすに注意が必要ですか。
大塚)10年前の熊本地震では、発災後1ヶ月で心のケアが必要な子どもは4277人。その後11月には1247人まで下がったのですが、実はその後また増えて2000人ぐらいで高止まりしたんです。
西村)なぜでしょうか。
大塚)2次被害がでてきたからです。転居や親の仕事や家族構成が変わることもあり、過剰に適応してきた子どもたちが頑張れなくなります。気持ちが落ちて、2次的なストレスで学校に来られなくなる子どももいました。
西村)その後どうなったのですか。
大塚)地震から3年後、2019年10月ぐらいから徐々に減ってきました。当時わたしは、小学校の校長をしていたのですが、フラッシュバックを起こす児童は、低学年や特別支援学級に多かったという実感があります。個人差があるということも理解してほしいです。
西村)学校が始まると、「友達の家では、水が出たけど自分の家はまだ出てない」など差を感じて、ストレスが出てくることもあるかもしれませんね。今後気をつけておくことはありますか。
大塚)3年経ってもフラッシュバックを起こすこともあります。追悼行事や節目の報道で映像を見ることで、思い出してしまう「アニバーサリー反応」が見られることがあります。時間が経ったからといって、治ったと思わないようにしてください。時間の経過とともに長期的な配慮が必要なので、しっかり子どもたちに寄り添ってほしいです。
西村)大塚さん、どうもありがとうございました
2026年8月30日(日)
第1561回「紀伊半島大水害15年」
取材報告:早川紗世ディレクター
西村)15年前の9月に発生した「紀伊半島大水害」。台風12号の影響で、紀伊半島を中心に集中豪雨が続き、和歌山県内では、河川の氾濫や土砂災害が多く発生しました。この水害で和歌山、三重、奈良の3県で、88人の死者・行方不明者が出ています。
きょうは、"紀伊半島大水害の教訓を未来に伝えたい"と願う遺族と地盤災害に詳しい専門家のインタビューを中心にお届けします。
取材報告は、番組ディレクターの早川紗世さんです。
早川)よろしくお願いします。今回取材を受けてくれたのは、岩渕三千生さんです。紀伊半島大水害で父親の三邦さんと中学生の甥・絋明さんを亡くしました。三重県・紀宝町にある岩渕さんの自宅は熊野川から直線距離で700mほどの場所にあります。新築したばかりだった美容室兼自宅は床上浸水したそうです。当時のようすを聞きました。
音声・岩渕さん)夜中の3時ぐらいに「おーい、おーい」言うて、「どうしたんよ」って言ったら「水が流れてきやる」と言うから(外を)見たら、最初は10cmぐらいやってんけど、30分で60~70cmくらい一気に水かさが上がったんです。嫁の店のところから水がいっぱい入ってくるし。隣の和室の畳を上げて。リビングも水がいっぱい。熊野川が氾濫して...。
音声・早川)この辺りに住んでいる人は、熊野川が氾濫するなんて思っていなかった?
音声・岩渕さん)誰も思っていないですわ。床上10cmぐらいやったんで、どうにかこうにか朝6時から嫁の兄貴とかみんな呼んで。まだそのときは水道が使えたんで、店の掃除や和室やリビングの掃除をやってたんです。気になったんで、家(実家)に電話してんけど、電話に出なかったんですよ。
早川)岩渕さんの実家は、自宅から車で20分ほどの和歌山県・那智勝浦町にあって、当時、実家には岩渕さんの両親と甥の絋明さんの3人がいたそうです。岩渕さんは、集中豪雨の翌日、昼過ぎに知人からの電話で実家の状況を知りました。
音声・岩渕さん)「おいちゃんとこの家に木が刺さってる」と電話がかかってきて。行ったら、ぐしゃぐしゃで...道路が。途中まで行ったら、「ここからは車で行けん」と言われて、そこから1人で歩いて行って。奥へ行けば行くほど、悲惨な光景。この世にない地獄絵っていうんかな。家まで行ったらぐしゃぐしゃで。両親は僕の本家の方にいて。その時に絋明が流されたと聞いたんです。(父親に)「どんなんやったん?」と聞いたら、那智川が氾濫しそうで、家の中に水が入ってきそうやったんで、土嚢袋を玄関のとこに置きかけてんけど、もうこれ以上してもあかん思って、家の中へ入って、2階へ行ったけど、服が濡れてるから、3人とも下へ降りてきて、着替えてるときに、いきなりバリバリと水が入ってきて、天井まで一気に水が上がって、流されそうになった。3人は窓の桟のところに捕まってたらしいんやけど。「大丈夫か!大丈夫か!」と言いながら、ばあさんが流されそうになったのを絋明が助けて。3人でおったんやけど、木が来て、木にばたれて(打たれて)絋明が流された、と親父は言うてました。2人は水位が下がってきたので、本家の方へ歩いて避難したみたいです。
西村)着替えをしようと1階に降りてきたところに、土砂が流れ込んできたんですね。もしそのまま2階にいたら、絋明さんは助かっていたのでしょうか。
早川)「2階にいたら、おそらく助かっていただろう」と岩渕さんは言っていました。実家のすぐ近くを流れる那智川が氾濫したことで、1階部分に木や土砂が大量に流れ込んできたんです。ただ、2階部分は流されずにほぼそのまま残っていました。孫の絋明さんが流されるのを目の当たりにした三邦さんは憔悴して、自分を責め続けていたそうです。
音声・岩渕さん)親父はすごい気丈でね。消防団の団長もしよったんで、気強くて。そんな人が何言ってるかわからない。魂抜けとった。あんな親父を見たのは初めてやったんで、何て言うてええんか。「絋明おらんようになった。俺のせいや」と自分を責めて。逃げるのが遅かったのか、一瞬の判断やと思います。体が濡れてなくて着替えに行かなかったら、2階でおったら3人は助かってますわ。みんなで下へ降りてきた時に流された。僕は絋明の捜索をしました。1人で山を歩いて。うまいこといったら3日以内やったら生きているかと思って。
早川)無事でいてほしいという家族の願いは叶わず、1週間後、絋明さんの遺体が発見されました。そして、水害からおよそ1ヶ月後、絋明さんの遺品を探していた三邦さんが心筋梗塞で亡くなりました。心労と疲労が重なった災害関連死でした。
西村)三邦さんは絋明さんの何を探していたのですか。
早川)野球に打ち込んでいた絋明さんのユニフォームとグローブをずっと探していたそうです。岩渕さんの実家があった場所は現在、紀伊半島大水害の記念碑と那智谷で命を落とした29人の名前が刻まれた石碑が建てられています。当時、地盤災害の合同調査団のメンバーとして、現地の調査をした和歌山大学 客員教授 後誠介さんに、その場所で話を聞きました。
音声・後さん)ここは昔から大きな岩を伴う土石流が多発している場所です。
音声・早川)後先生が15年前に現地を初めて見たとき、どのような感想を持ちましたか。
音声・後さん)災害の後、那智詣や観光に来る人をガイドするガイドさんが困っていたんです。「なぜ恐竜の卵みたいな大きな岩がある?」と尋ねられるそうです。土石流で50cm~1mの岩がたくさん流れてきている。今はキレイに取り除かれていますけど。「あれは何?」という質問がいっぱいあって、ガイドさんたちに災害の勉強をしてもらったことがあります。長い雨で土地に水が溜まって、そこに1時間100mmを超えるような集中豪雨が降った。それで地面が耐えられなくなって、あちこちで土石流が起こって。土石流の土石が川に流れ込むと川がせき止められたり、浅くなったりします。埋め立てられたような状態になって、大量の水があふれて、雨が上がっても川が浅くなっているので、なかなか水が引かずに救助が大変だったんです。
音声・早川)那智川が溢れたのですか?
音声・後さん)はい。3m50cmを超えるところまで水が来ました。被害に遭った人の話では、水の中に浸かっている間にポケットが重くなってくるそう。服のポケットに泥がいっぱい入って重くなるから泥を手で掻き出して軽くする。荷物の中にも泥が入ってくる状況です。
西村)那智川が溢れて、一時、周辺は4m近くまで浸水したんですね。助かった人のエピソードからも浸水した後の避難がどれだけ大変かがわかります。那智勝浦町で亡くなった人は29人。最も大きな被害が出た場所でした。
早川)当時は、那智勝浦町で発生した土砂災害のほかに、深層崩壊という現象も発生しました。深層崩壊とは、山の斜面が岩盤ごと崩れ落ちてしまう現象のこと。後先生に詳しく聞きました。
音声・後さん)深層崩壊と言われる大規模な斜面崩壊は、田辺市の山間部や奈良県などで多発しました。この地域には付加体という地質の大地があります。付加体とは、海のプレートが沈み込む深海でできて、陸化したところ。海のプレートが沈み込む場所でできたので、その沈み込みに伴って、積もっていた地層が複雑に変形したり、岩石の中に割れ目ができたりする特徴があります。これらの構造によって、地下深くまで岩石が弱くなっているところがあり、深層崩壊が発生します。
音声・早川)その弱くなった部分が全て雨を含んで滑り落ちた、というイメージですか。
音声・後さん)そうです。深層崩壊が起こったところは、そのような地質構造の要因があります。
音声・早川)紀伊半島に多い地質なのですか。
音声・後さん)付加体という海洋プレートの沈み込み出てきた地質はたくさんあります。紀伊半島、四国、九州にもあります。
音声・早川)どこで深層崩壊が起こってもおかしくはない、ということですか。
音声・後さん)付加体があるところは、深層崩壊が起こるリスクがあります。
西村)紀伊半島の中でも、地質によって、深層崩壊が起こりやすい場所と、土砂災害が起こりやすい場所があるのですね。
早川)紀伊半島の地質を調べると、大昔から大雨に伴う深層崩壊や土砂災害が何度も発生しているそうです。「これからの災害対策には、地質学的なアプローチも必要」と後さんは話します。
音声・早川)15年前の紀伊半島大水害、先生が考える教訓は。
音声・後さん)今から137年前に明治の紀伊半島大水害が起こりました。この時は地形図がなかったので、地形という視点から調査したり、記録を残したりすることができなかった。今から73年前に昭和の紀伊半島大水害が起こりました。この時は、地形図はあるけど、地質図は十分ではなかった。明治の大水害や昭和の大水害の記録・教訓を後世に伝える資料の中には、地形や地質視点のものは残せなかったわけです。その後、技術が進歩して、研究の蓄積があり、地形図は詳しくなり、今やスマホのアプリで見ることができますし、地質図は体系的になりました。デジタル化されて使いやすくなりました。つまり、15年前の紀伊半島大水害について、ようやく大地の特性という視点から、広い地域の調査がされることになったのです。これまで伝えられてきた災害の記憶や記録に加えて、大地の成り立ちや特性、気象観測など新しい知識を取り入れて、防災に対する意識・知識をバージョンアップしながら、啓発を進めていくことが大切です。
早川)9月4日で紀伊半島大水害から15年が経ちます。父親と甥を亡くした岩渕さんは、一周忌の際の不思議な出来事と、リスナーのみなさんにどうしても伝えたいとことを話してくれました。
音声・岩渕さん)どえらい大雨でね。テント潰れてんから。その次の年も、次も3連続。雨がピタッと止まった。お坊さんに聞いてんけど、"涙雨"は悪い雨じゃないと。(亡くなった人が)「忘れなんなよ」って言うてる。
音声・早川)紀伊半島大水害の教訓を、次の世代に残すならどんなことを伝えたいですか。
音声・岩渕さん)雨が降ったら逃げよう。今はスマホ・テレビ・ラジオで情報はいくらでも入ってくる。15年前は自分の判断で逃げるしかなかった。今はいくらでも情報を得ることができるから、それで逃げ遅れるはもってのほか。「過去にはこんな災害ない」ではない。今と昔と雨の量が違う。自分の命は自分で守るしかない。もし何もなかったらそれでいい。「ああよかったね」で。逃げずに死んだら最悪やで。
西村)空振りでもいいから、明るいうちに雨が弱いうちに安全な場所に避難する。もしくは2階にとどまっておく。それが次の災害から命を守る経験になっていくんですよね。
早川)大雨が降って、周辺道路が冠水してからの避難は、ほぼ不可能に近いとみなさんおっしゃいます。台風や豪雨は、事前にわかる災害なので、早めの避難を心がけてほしいです。
西村)きょうは、15年前に発生した紀伊半島大水害について、早川紗世ディレクターの取材報告でした。ありがとうございました。
2026年8月23日(日)
第1560回「千葉豪雨、大雨への備え」
オンライン:静岡大学 防災総合センター教授 牛山素行さん
西村)今月13日から14日の未明にかけて千葉県を襲った豪雨では、21日午前現在で、男女13人が死亡し、1人が行方不明になっています。また千葉県内で水没などのため、走行不能になった車は2700台に上り、一時は幹線道路を中心に多くの車が放置され、道路の通行を妨げました。なぜこれほどまでに被害が広がったのでしょうか。
きょうは、静岡大学防災総合センター教授の牛山素行さんに聞きます。
牛山)よろしくお願いいたします。
西村)今回、千葉県の豪雨災害が起こった原因は何だと思いますか。
牛山)この地域としては記録的な大雨が降りました。多くの人が外で動いている時間帯に急速に雨雲が発達し、大雨が降りました。事前に対応することが難しい状況だったので、影響を受けた人が多くなったのだと思います。
西村)今回の被害をどう感じましたか。
牛山)亡くなった人は、ほぼすべてが川からあふれた水や低いところにたまった水による水関連の被害を受けました。家が流されたり壊れたりして亡くなった人はおらず、ほぼ全員が屋外で被災しました。わたしは1999年以降、このような調査を続けていますが、風水害で亡くなった人、または行方不明になった人のうち、4割強が水関連で被災しています。土砂災害による被災も4割強なので、合わせてほぼ9割。過去の風水害の被害と比べると、今回は水による被害が目立った事例でした。土砂災害の犠牲者は、8割が屋内で被災します。それに対して、水による犠牲者は、7割が屋外で被災します。今回は、水関連の犠牲者が多かったので、屋外での犠牲者が目立ちました。このことはこれまでの災害と同傾向です。
今回多かったアンダーパスでの車の水没は、大雨になると必ずと言っていいほど起こりますが、亡くなることは非常に稀。1999年以降の風水害の死亡・行方不明者約1600人の中では、アンダーパスでの死亡者は10人程度。滅多に起こる被害ではありません。ところが今回2ヶ所でそれぞれ1~2人が移動中にアンダーパスで亡くなっている。滅多に起こらないことが2ヶ所で起こってしまいました。時間的なこともあるでしょうし、雨雲が急速に発達したということもあります。
想定外の場所で被害が多発したことが話題となっていますが、今回、死亡者が発生した場所は、ハザードマップの浸水想定区域の範囲内である可能性が高そうです。死亡者が発生した場所で、浸水想定区域でなかった場所も地形的に見れば、洪水の可能性がある場所になっている。起こり得ない場所で被害が多発したというわけではないので、これまでの災害と同傾向だと思います。
西村)自宅や勤務先学校などのハザードマップをチェックしておくことが大切ですね。千葉県の豪雨時は気象庁からレベル5「大雨特別警報」が出ていました。わたしたちはどのような行動をとるべきなのでしょうか。
牛山)場所や状況によって一律には言えません。今回の千葉豪雨ではレベル5「大雨特別警報」、「土砂災害特別警報」も一部で出ましたが、「大雨特別警報」が出た段階では避難所に駆け込む状況ではありませんでした。できれば屋外での行動は避けること。危険が迫っているところから逃れなければならないので、その場所にいるのが最善だとは言い切れませんが、浸水の深さよりも高いところにいられる状況なら、むやみに動かないこと。徒歩や車で移動中の人も多かったと思いますが、極力浸水しているところには近づかない、動くにしても距離は短くして、今いる場所で少しでも水から逃れられる場所に身を寄せるということが重要。
西村)家族を車で迎えに行って、浸水被害に遭ってしまったという話もありました。
牛山)気持ちはわかるのですが、危険に近づく可能性も高くなります。雨風が激しいときは、水が静かに溜まっているわけではなく、多くの場合、水は流れています。車だと安全に思えますが、徒歩でも車でも簡単に流されてしまいます。車で避けることができる災いは、濡れないことくらい。車は安全ではありません。少しでも動かないようにすること。今いる場所で何とかすることを考えた方が良い。大雨が1日中降り続けることはまずないです。大変な状況は数時間ぐらい。ほんの数時間、どこかで過ごすことを心がけた方が良いです。浸水しているところが見えたら絶対そこには立ち入らない。浸水していないところに移動する。目の前に浸水が見えたら、そこから引き返してちょっとでも高いところに移動することが大原則。浸水時の脱出方法がいろんなメディアで紹介されていますが浸水したらどうするかよりは、浸水しているとこに近づかない、逃れることを伝えた方が良いと思います。
西村)「日頃よく通っている道だから大丈夫かな」と車を進めてしまうこともあるかもしれません。
牛山)慣れている道の方が要注意かも知れません。浸水すると水の表面は平らになります。水の深さは道路面のちょっとした凹凸によって変わります。20~30cm違うだけで、命のわかれ目になりかねない。普段平らだと思っているところでも高低差があるかもしれません。よく通行している道でも少しの雨で冠水してしまうところがあるかもしれません。そういうところは大雨のときは相当危険な状況になると思います。そのような道は通行しない。ハザードマップで自分の家だけではなく、普段よく通るところも含め、どこでどんな危険性があるかを知っておくことが重要です。
西村)今回のような豪雨災害は、他の場所でも起こり得るのでしょうか。
牛山)間違いなく起こります。降水量が何mm以上なら危険かは全国一律に言えません。普段あまり雨が降らないところだと、それほど多くない雨量でも災害が起こります。今回の千葉県の大雨は、これまでの全国で記録された大雨の最大値を上回ってはいません。でも千葉近郊にとっては記録的な大雨が降ってしまいました。今回と同じようなことは全国どこでも起こり得ます。
西村)住んでいる場所、旅行先も含めて気をつけなければいけないですね。今回のようにレベル5「大雨特別警報」が出たとき、わたしたちマスコミはどのように伝えるべきだと思いますか。
牛山)テレビ・ラジオのようなメディアは、使える時間が限られていて、短いフレーズで伝えなければならないし、見聞きしている人が多いので、焦点を絞って伝えにくい面もあると思います。難しいところですが、「避難所に避難してください」と伝えるのが最善かというと、何とも言えない。現場の状況がわからないので判断が難しいです。今回の千葉県の大雨のように急速に雨雲が発達して、レベル5「緊急安全確保」が出た場合は、「避難所に避難してください」と呼びかける状況ではありません。「今いる場所で安全確保を図ってください」「あまり出歩かないでください」というメッセージも必要かもしれません。今回の被災状況を見てみると、ほとんどの人はおそらく外に出なければ、命を落とさずに済んだかもしれない。それぞれそのとき必要があって動いていたのだと思いますが、外へ出なければ、命を落とすことにはならなかったかもしれません。車でも徒歩でも動き回るのは見合わせましょう。
西村)昭文社から牛山さんの著書「豪雨災害から身を守る 災害情報学からのヒント」が発売されます。タイトル通り、豪雨災害からわたしたちが身を守るためには、どう備えたら良いですか。
牛山)この本の中でも繰り返し強調しているのが「豪雨災害は、予想もつかないようなところで起こるわけではない。基本的には起こり得ることが起こるところで発生している」ということ。ハザードマップもまだ万全ではありません。ハザードマップや地形に関する情報をあらかじめよく見ておいて、どこでどんなことが起こりそうなのかを知っておくこと。これがまず何よりも重要。その上で大雨になったときには、気象庁の「キキクル」など防災気象情報を活用する。それぞれの場所の危険性を日頃から知っておいて、いざというときには防災気象情報で目先の行動を考えることが重要だと思います。
西村)牛山さん、どうもありがとうございました。
2026年8月16日(日)
第1559回「妖怪と防災」
ゲスト:兵庫県立大学 准教授 髙田知紀さん
西村)河童や天狗、龍に大蛇。日本各地には、数多くの妖怪伝説が残されています。実は、その土地に伝わる妖怪伝説と自然災害には、深い関わりがあるのかもしれません。
きょうは、「妖怪と防災」の研究を続けている、兵庫県立大学 准教授 髙田知紀さんにスタジオにお越しいただきました。
髙田)よろしくお願いいたします。
西村)なぜ、妖怪と防災の研究をすることになったのですか。
髙田)きっかけは阪神・淡路大震災。わたしは、生まれも育ちも神戸で、中学校2年生のときに自宅で阪神・淡路大震災にあいまいした。想像もできない揺れで、周りで何が起こっているのか理解できませんでした。中学生だったわたしは、地震とわからずに「おばけが出た!」と叫んだら、父親が「おばけじゃない、地震だ!」と教えてくれて、地震が起こっていることを実感。生まれ育った神戸の街が変わってしまったことがきっかけです。
西村)そこから専門的に防災を勉強するようになったのはいつ頃ですか。
髙田)大学院生のときに環境保全や地域作りの研究をするようになり、防災の研究をするようになりました。
西村)そこからどのように妖怪につながっていったのですか。
髙田)妖怪は、子どもの頃、ゲゲゲの鬼太郎などのアニメや漫画で親しんでいて好きでした。大学院生のときに研究で新潟県・佐渡島に通っていたのですが、佐渡島には神社や仏閣、伝承がたくさん残っているんです。そのとき、研究している加茂湖に妖怪が住んでいることを水木しげる先生の本で目にして。地域の人に妖怪の話を聞いてみると、地域の自然と人が向き合うとき、妖怪が重要な役割を果たしていたとわかり、自然・防災・妖怪について全国各地で調べるようになりました。
西村)髙田さんは現在、妖怪を通じて子どもたちに防災を伝える活動も行っています。先月、兵庫県・福崎町の社会福祉協議会が主催した「妖怪防災探検隊」というワークショップを取材。民俗学者・柳田國男さんの生誕の地で、"妖怪のまち"としても有名な福崎町の子どもたち15人ほどが参加しました。そのようすをお聞きください。
音声・髙田)みなさん、おはようございます。兵庫県立大学で働いている髙田といいます。普段は大学で教えていますが、三田の「人と自然の博物館」で働いています。きょうは、「妖怪防災探検隊」ということで、この建物の周りを歩いてみて、危ない場所に現れる妖怪を考えてもらいます。「妖怪探検隊」ではなくて「妖怪防災探検隊」といっているのは、危ない場所に現れる妖怪を考えることで、自分を守れるようになるから。そんな妖怪を探すのが目的です。妖怪は人間にいろんなことを教えてくれます。きょうはそのことを初めに勉強してから外に出ていきたいと思います。このあたりには池や川がありますよね。昔からよく人が溺れて死んでしまう場所が全国にあります。人が溺れてしまう川や池には、どんな妖怪が進んでいるでしょう。わかる人!?
音声・子ども)はい。河童!
音声・髙田)正解!河童って、みんなかわいいと思っているかもしれませんが、本当は怖い妖怪。人を殺してしまうこともあるんです。河童は、池や川の中から人の足を引っ張って溺れさせます。なので、河童がいる池や川には近づかないように気をつけていました。次は大ナマズ。地面の中に住んでいる妖怪です。このナマズの頭をこれで押さえています。この漢字読める人いる?「要石(かなめいし)」といいます。神様がナマズを要石でずっと押さえてくれています。この大ナマズが暴れると、地震が起きると昔の人は信じていました。妖怪は悪者ではなくて、みんなに「ここは危ないよ」と教えてくれる。妖怪のことをたくさん知って、妖怪に危ない場所を教えてもらってください。きょうは、そういう視点で歩きながら、みんなにとって危なそうな場所を探してください。
西村)まさに「妖怪防災散歩」ですね。"危険な場所を探そう"よりも"妖怪を探そう"の方がワクワクしますね。
髙田)そうなんです。子どもたちは、妖怪を探したいので一生懸命、危ない場所を気にして見てくれました。
西村)このあと子どもたちは街を歩きながら妖怪のいそうな"危険な場所"を探しました。子どもたちはどんな妖怪を見つけたのでしょうか。
音声・髙田)暑いね。これから危なそうな場所があったら教えてください。一緒に来ている友達やお母さんと相談しながら、「ここで地震が起きたら危ない」「大雨が降ったら崩れそう」とか。昔は"熱中症の妖怪"はいなかったかもしれないけど、今はみんなを暑さで困らせる妖怪もいるかもしれません。では、歩いていきます。
音声・子ども)なんかトラップがあるかも。
音声・髙田)トラップを仕掛ける妖怪?面白いね。
音声・子ども)罠に引っかからせる!
音声・髙田)土砂崩れに巻き込まれる?山の中にトラップがある?お菓子やおもちゃ、ゲームがもらえるとおびき寄せられたら、巻き込まれてしまうね。
音声・子ども)うるさい音、嫌な音を出す妖怪!
音声・子ども)こけそうになるところを作る妖怪!
音声・髙田)どんな場所に現れる?
音声・子ども)階段とかでこけさせる。
音声・子ども)看板を動かす妖怪!道に迷わせて事件を起こす。
音声・髙田)歩きながら教えてくれた面白い妖怪のアイディアいくつか紹介します。山の中に住んでいて、嫌な音、不快な音を出す妖怪。それが地震とか洪水とかの前触れだったら怖いね。音に気を付けよう。坂道を歩いていて、人を引きずり込んで坂道で転ばせる妖怪。周りに石の像いっぱいあるよね。これが全部崩れてきたら?今揺れたら、みんなそこにいて大丈夫かな?と想像して、それを引き起こす妖怪を考えてください。
音声・ディレクター)先生、子どもの想像力は面白いですね。
音声・髙田)大人が想像できない妖怪が生み出されるので、毎回楽しみです。堅苦しい知識を得るより、自分たちで楽しみながら危ない場所に備えることが大事。
西村)改めて振り返って、子どもたちのようすはいかがでしたか。
髙田)兵庫県・福崎町は"妖怪のまち"として知られていて、子どもたちの妖怪に対する興味、関心が強いと感じました。歩いていると、災害の教訓を教えてくれるような妖怪がたくさん生み出されました。
西村)聞いていて、いろんな気づきがありました。この後どうしたのですか。
髙田)この後、室内に戻って歩いた場所を振り返りながら、それぞれ子どもたちのオリジナルの妖怪を考えて、発表しました。子どもたちは妖怪を絵に描いて、名前も付けました。その妖怪がどこに現れて、どんな怖いことを引き起こすのか。さらに妖怪に襲われないためには、何に気をつけたら良いのかを考えて発表しました。
西村)絵に描くとより想像できて、防災への気づきも明確になりますね。これまにでもこのようなワークショップは行っているのですか。
髙田)10年ほど、全国各地で妖怪のワークショップをやっています。
西村)これまで、子どもたちが考えたどんな妖怪に驚かされましたか。
髙田)熊本の地震の後に明石の図書館でワークショップをしたのですが、小学生の4年生の男の子が考えてくれた「いわおとし」という妖怪がとても興味深かったです。
西村)どんな見た目ですか。
髙田)小さなおじいさんのような姿で杖を持っています。建物の上に潜んでいて、地震が起こったら、上から岩やコンクリートの破片を落とす妖怪。その子は、熊本地震のニュースで、建物が崩れたり、爆発したりしているようすを見て、自分の身の回りでも起こるのではないかと想像してその妖怪を考えてくれました。
西村)子どもたちの想像力の豊かさに驚かされます。全国各地には、災害と関係がありそうな妖怪伝説はありますか。
髙田)自然災害に関わる妖怪がいます。例えば岐阜県の木曽川には、「やろか水」という妖怪がいます。川の上流で雨が降っているときに、「やろか、やろか」と不気味な声が聞こえてくる。それに「よこさばよこせ(くれるなら寄こせ)」と返してしまうと、鉄砲水が押し寄せて、流されてしまうという妖怪伝説があります。
西村)それは、地元のみなさんもよく知っているのですか。
髙田)はい。そのような伝承がある地域は、昔から洪水のリスクに悩まされてきた地域。「変な音、不気味な音、普段とは違う音が聞こえたときは、災害に備えよう」という意識を共有する役割を果たしていました。
西村)先日、台風の影響もあって大気が不安定になり、千葉県で大雨の被害がありました、しっかりと大雨の備えについて確認したいですね。ほかの地域はいかがですか。
髙田)沖縄県の石垣島にはザンと人魚伝説があります。下半身が魚で、上半身が人間のような妖怪です。漁師の網にかかったザンは、「数日後に大きな地震と津波が来るので、揺れを感じたらすぐに逃げて」と予言をしました。その予言を信じて、地震が起きた後に高いところに避難した人は、津波の難を免れて助かった。信じなかった人は流されて亡くなったという伝説です。ザンが予言した地震は1771年に石垣島で発生した地震による「明和の大津波」といわれています。妖怪の伝承に過去の教訓や事実も込めて伝えていることがとても興味深いです。現在の防災においても重要だと思います。
西村)妖怪伝説と防災の教訓を子どもたちに伝えたとき、どんな反応でしたか。
髙田)科学的なメカニズムを理解するより、まずどんなふうに危ないのかを自分たちで感じ取ることが重要。妖怪は、子どもたちにとっては、面白いけど怖い存在でもあるので、身の回りの危険を肌で感じてくれていると思います。
西村)妖怪を通じて、子どもたちにどんなことを伝えていきたいですか。
髙田)防災は日本で生きていく中でとても重要なこと。普段から自然災害を意識して暮らすと、実際に発生したときに、自分の命や周りの大切な人の命を守ることができます。でも、あまり深刻になりすぎずに楽しみながら、普段の暮らしの中で、危ない場所や小さな異変に気付けるようになってほしいと思っています。
西村)髙田さん、どうもありがとうございました。
2026年8月 9日(日)
第1558回「熊本地震 避難所の状況」
オンライン:国際災害レスキューナース 辻直美さん
西村)7月28日に最大震度7を記録した熊本地震。被災地の人たちは、今、どんな避難生活をして、どんな思いで過ごしているのでしょうか。
きょうは、8月1日から熊本に支援に入った国際災害レスキューナースの辻直美さんに避難所のようすなど、現地の状況を聞きます。
辻)よろしくお願いいたします。
西村)辻さんは熊本のどこでどんな活動をしたのですか。
辻)熊本県宇城市、氷川町、八代市など、被害の大きかったところに災害支援ナースとして視察に入り、何が足りないかなど、現地の声をたくさん拾ってきました。
西村)災害支援ナースはどんなことをするのですか。
辻)災害に関わる看護師は2つあります。ひとつはDMAT(災害派遣医療チーム)、ひとつは災害支援ナースです。DMATは発災直後から48~72時間以内の急性期の対応をします。今回わたしは、発災3日後~1ヶ月、つまり急性期~中長期に当たる支援をしました。
西村)被災者からはどんな声がありましたか。
辻)10年前に地震がありましたが、初めて地震を経験した人もいます。「避難所に行ったけど何にもない」という声が大きかったです。不安は怒りになるので、怒っている人が多かったです。被災したときは、最初の72時間は何の支援もないものです。それぞれの避難所に備蓄しているものは数も違うし、置いているものも違う。想定している人数よりたくさん避難者が来た場合、全員に配ることができないこともあります。最初の72時間は自分で持っていったもので生活することが大事。
西村)発災後3日間をどう耐え抜くのかということですね。個人で備えていない人は多かったですか。
辻)意外と多かったです。災害トイレをひとつしか持ってきていない人、水は飲みかけのペットボトル1本という人も。避難生活を具体的にイメージできてないから何を持っていったら良いのかがわからないのだと思います。
西村)水1本だけ持ってきた人も必死に避難きたのだとは思いますが...。なかなか具体的にイメージできない人が多いのもわかります。とりあえず、1ケースだけ水を買っておこうとか、ローリングストックできていなかったとか...。
辻)全国各地で講演会をしていて、一番多い質問が「何を用意したら良いかわからない」なんです。被災したとき、自分が必要なものが見えていないから何を用意したら良いのかわからないのだと思います。
西村)イメージをするためにはどうしたら良いですか。
辻)まず、日常生活の中で自分が譲れないものがわかっている人は、ストックをしていると思うんです。食べるものにこだわりがある人は食べるもの。シャンプーやボディソープは香りやテクスチャーが大事という人がいますよね。そういう人は自分の体の清潔について、優先順位が高いからライフラインが切れたときも、そういうものがキープできるように備えると思います。"日常生活の棚卸"をしっかりしておくと、被災生活に必要なものが見えてくるのではないでしょうか。
西村)"日常生活の棚卸"この機会にぜひやっておきたいと思います。台湾やイタリアの避難所は、トイレ・キッチン・バスが48時間以内に届く、など迅速に環境が整えられると聞きます。熊本では、まだそんな状況ではないのでしょうか。
辻)何年も前から日本の避難所は"ソマリアの難民キャンプ以下"と言われています。なかなかそこから脱却できてないのが現状。日本では防災を専門に考える省庁がなく、災害が起きると災害対策本部は立ち上がるのですが、日頃から災害のことを考えて準備している専門家がいない。行政は素人だと思います。
西村)どうしていったら良いのでしょう...。
辻)秋頃に防災庁を作る動きもありますが、日頃から災害が起きたときのことを考えるプロフェッショナルな集団が必要。日本は防災にかける予算が少ない。イタリアや台湾は、かけているお金が違うんです。国民も理解があり、やっぱり時間とお金と労力をかけています。そこに日本人が理解を示すことが大事だと思います。日本の避難所は屋根と床を貸してくれるだけなので、自分で持っていたもので何とかすること。防災リュックや防災ポーチを普段から用意しておいてほしいです。
西村)防災リュックには何を入れたら良いですか。
辻)水、食料、トイレ、口腔・アンダーゾーンなどの清潔用品、灯り。この5つは必須です。長期戦になってくるので、漫画や推しのアクスタなどメンタルダウンしないための準備も必要だと思います。
西村)食料には、自分の好きなおやつも入れておいたら良いですか。
辻)もちろん。熊本地震の被災者を見てきましたが、きちんと準備している人はそんなに困っていません。食事の調理を前提に備えている人は、普段と違うものを食べているというみじめさがない。割とほがらかにしていました。普段食べたことないものを違う環境で食べるのは、心が落ちる。水、食料、トイレ、清潔用品、灯り。自分の好きなテクスチャーがあると思うので買ってきたら使わずに置いておくのではなく、必ず使って選んでおきましょう。
西村)ほがらかに過ごしていた人は、どんなものを準備して使っていたのですか。
辻)水は避難生活のときは、1日3L(生活用水1L&飲用食用2L)必要と言われています。余裕のある人は1日1人5~8L用意していました。食べるものは、温めなくても食べられるレトルトも用意していますが、ポータブル電源を使って、カセットコンロ、ホットプレート、IH調理器などで熱々のラーメンやカレーを食べていました。普段の生活と変わらない食生活をしている人が多かったです。
西村)暑い中、停電して水も止まって大変な状況でも食べる楽しみがあるのは大きいですね。
辻)今回のキーワードは猛暑。電気がない中で、どうやって涼しさを手に入れるか。うちわとか扇子とかアナログなものを使っている人もたくさんいました。水に余裕がある人は、Tシャツを濡らして、うちわであおいで気化熱で涼しくしている人も。雨水を貯めている人は打ち水をして地面を冷やしていました。
西村)生活の知恵ですね。
辻)付け焼刃ではなく、普段からしているんです。災害時には、日常的にしていることしかできないのだと思いました。
西村)日常生活にうまく取り入れることが大切なのですね。食べ物を温めるための器具は、カセットコンロなどいろいろありますが、電源の確保も必要ですね。
辻)水に加えて、清涼飲料水、お茶、野菜ジュースなども備蓄している人は、楽しみとして飲んでいるので元気。何があったら元気になれるのかわかっている人は、そのような日常生活の備蓄を災害時にも使っていました。
西村)その中で、自分だけが備えていると備えのない人に分けてあげなければいけないから、損をしてしまうかも...と思ってしまいます。
辻)助けてもらいたいなら、先に人を助けましょう。余裕がある人は備えていれば人に分けてあげられる。「困っているならどうぞ」と。備えている人の心の余裕とか行動が避難所の空気を良くする。普段の生活から余裕がある人は素敵ですよね。普段の生活がそのまま出るのだと思います。
西村)日頃からの余白・余裕、どうぞの気持ちですね。ギスギスしている避難所も多いのでしょうか。
辻)メディアで報道されている避難所とは違います。暑さと不安から、みんなイライラしています。一触即発。先が見えない不安は、命の不安なので自分だけが何とかなりたいと思います。だけど、「自分は準備ができているから、後でもいいよ」と譲る人が1~2人いるだけで空気が変わります。家族にそういう人の割合が多いと家庭が落ちつきますよね。日常生活でも言えることだと思います。
西村)暑さが厳しいと思いますが、片付けが大変なのではないですか。
辻)避難所は人が密集していて、空気がよどんでいるので、湿気と人の熱気でとんでもない暑さです。外は直射日光が当たっているので、アスファルトの照り返しが半端ない。40℃でも実際測ったら45度くらい。でも、日本人は真面目だからすぐ片付けようとするんです。日中に動くのはやめましょう。熱中症になるから。体を冷やすための熱中症対策ができないので、何よりも大事なことは自分の熱を上げないこと。つまり動かないこと。被災家屋の片付けは早朝と日が暮れてからにしてほしいです。
西村)でも、いつも昼間に動いている生活をしていると、どうしても昼間に片付けて、夜はしっかり寝たいと思ってしまいそう。熊本の友人と連絡を取り合っているのですが、発災直後は「家の片付けが長期戦になると思う」と言っていたのに、「もうこの1週間でほとんど片付いた」と言っていたので、昼間に片づけしていたようです...。
辻)片付けたくなる気持ちはわかります。今後1週間~10日は震度7以上の地震があるかもしれません。10年前の熊本地震のときも、2日半後に大きな地震が来ました。片付けたのに、潰れてしまうこともあるので、大きな地震があった後は少し様子を見ましょう。昼間は冷房のあるところで休んで体力を温存する。できれば横になって体を休めることが大事だと思います。これは行政などがトップダウンで言わないとなかなか守れない命と健康の問題。わたしは医療者なので夜勤があるので、夜に働くことに抵抗がありませんが、一般的には、昼間に動いて、夜寝る人が多いと思います。でも今は非常事態なので、災害モードで生活してほしいです。ボランティアがきたら、片付けはボランティアに任せてください。被災者は休んで大丈夫。「助けてもらっているから、動かないと!」と思う人も多いですが、それでは何のためのボランティアかわからないので、まず被災者は体と心を休めてください。「助けて」と言うとボランティアは頑張れる。遠慮なく申しつけてほしいです。
西村)被災地の今後の課題、必要な対策は何でしょうか。
辻)今回のキーワードは暑さ対策。災害関連死をどう防ぐのかが最重要課題だと思います。今までこんな暑い中の被災は経験したことがないので、今後どうなるかわかりません。暑さ対策、エコノミークラス症候群、感染症を防ぐことが大事だと思います。
西村)辻さん、どうもありがとうございました。
2026年8月 2日(日)
第1557回「熊本で震度7 現地の状況」
報告:前田春香アナウンサー
電話:永田忠幸さん(熊本県益城町在住)
西村)最大震度7を記録した令和8年熊本地震。地震が起こった当日の夜から被災地に入り取材をした前田春香アナウンサーにスタジオに来てもらいました。
前田)よろしくお願いいたします。
西村)当日はどのように現地入りしたのですか。
前田)当日、地震発生後の2時間後くらいに新大阪から新幹線で博多まで行きました。そこからレンタカーで熊本へ。車で2時間半ぐらいかかりました。
西村)熊本に到着したときの状況についておしえてください。
前田)わたしは被害が大きかった南の方ではなく、熊本市内に近いイオンモール熊本へ取材に行きました。渋滞はありましたが、道路の陥没や停電はありませんでした。イオンモール熊本には報道陣が詰めかけていて、緊急車両による救助活動が行われていました。
西村)爆発現場ではどんなことを感じましたか。
前田)あの辺りは夜になると暗く、全容を見ることはできなかったのですが、常に緊急車両が敷地内に入り、町の人が集まっていて、緊迫感がありました。
西村)かなり大きな施設なんですよね。
前田)東西に長くて熊本では1番大きいショッピングモールです。熊本市民にとっては、1番の遊び場と言えるような身近な場所だそうです。
西村)イオンモールに避難しようとしていた人もいたのではないですか。
前田)周辺住民は、「災害時にはイオンモール熊本に避難するという認識だったので、今回の爆発は衝撃だった」と話していました。
西村)爆発の威力はどのように感じましたか。
前田)地震発生3日後に報道陣の規制線が一時的に外され、正面付近行くことができました。東西に長い施設ですが、爆発があった南側の中央部分だけが破損が激しく、それ以外の場所は、外からはあまり変化がないように感じられました。一部分だけ壁、床、天井が跡形もなく崩れ落ちていて、周辺には、外壁の破片、ねじ曲がったガードレールが落ちていて、電線が切れて道路に散乱していました。
西村)今回の爆発はLPガス漏れが原因と推定されていますが、現地でにおいは感じましたか。
前田)当日の夜に現地に入りましたが、ガスのにおいは全くしませんでした。
西村)周辺の人に話は聞けましたか。
前田)イオンモール熊本から4kmほど離れた自宅にいた人に話を聞きました。窓ガラスが揺れ、扉が勝手に開くなど、現場から離れた場所でも影響があったようです。イオモール熊本の目の前に住んでいる人は、地面からドンと突き上げるような衝撃があり、すぐに外に出たら周りが白い煙に覆われていて、何事か分からないまま少し離れたところに避難したそうです。イオンモール熊本の目の前のお弁当屋さんで買い物をしていた人は、頭上に何か落ちてきたような大きな衝撃があったそうです。
西村)この爆発は地震の1時間20分後。お客さんと従業員の避難が完了した後、なぜ館内に人がいたのでしょうか。
前田)まだ詳しいことは分かっていないのですが、イオンの社長の会見によると、当日は夏休みシーズンということもあり、3000人のお客さん、1300人の従業員がいましたが、地震発生から30分後にマニュアル通りに外へ避難を完了させました。避難完了から約50分後に爆発があり、従業員が複数人施設内にいたという話も。なぜ避難完了後に施設内に従業員がいたのか、詳しいことは分かっていないのですが、会見では、自宅の鍵などを取りに行った従業員もいたとのこと。その辺りはこれから状況がわかってくると思います。
西村)前田さんはほかにも取材に行きましたか。
前田)氷川町の町役場の車中泊をしている人々に取材をしました。
西村)被害が大きかった場所ですね。
前田)最大震度7を観測した場所です。町役場の駐車場が車中泊できる場所として開放されていました。わたしが取材に行った時は、停電と断水が起こっていました。暑さが非常に厳しく、夜でも30度を超えるほど。家にいられない暑さなので、車中泊でエアコンがある環境で避難生活を送っていました。役場の裏には体育館がありますが、エアコンが作動しないので、それぞれの車に避難をしていました。ガソリンの減りが早くなってしまうので、夜中に起きてエンジンを切るため、よく眠れないという声も。周辺のガソリンスタンドでは、ガソリンの制限があるところもありました。すぐにガソリンを入れられる状況ではないため、不安な夜を過ごしているようでした。
西村)前田さんが現地の取材で感じたことは。
前田)それぞれの被災地で状況が違うのですが、南側の八代市や氷川町の被害が大きいと感じました。わたしが取材したイオンモール熊本は、熊本市内に近い嘉島町というところだったのですが、町のみなさんは、日常生活を送っている印象。ただ、コンビニには水やおにぎり、弁当などが欠品状態で入荷予定は未定となっていました。普段当たり前に手に入るものを手に入れることが難しかったです。ガソリンスタンドには渋滞が起き、交通状況も読めない。地域の人々はストレスを感じているようすでした。
西村)前田春香アナウンサーのリポートでした。どうもありがとうございました。
前田)ありがとうございました。
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西村)ここからは、熊本県益城町に住む熊本地震の語り部、永田忠幸さんにお話を聞きます。
永田)よろしくお願いします。
西村)益城町は、熊本県の中央北寄りに位置しています。先週の地震では、震度6強の強い揺れを観測しました。永田さんは地震が起きた7月28日午後4時27分頃どこで何をしていましたか。
永田)語り部ガイドをした直後で、10年前の熊本地震でできた断層の近くにいました。揺れの前に警報が鳴り、車に手をついて身構えていたので、10年前のように立っていられないほどではなかったのですが、横揺れがすごかったです。
西村)揺れの長さ、時間はどれぐらいでしたか。
永田)揺れていた時間は数秒ですが、体感的には長く感じました。
西村)10年前の熊本地震では、益城町で震度7を観測しました。今回は震度6強でしたが、揺れの違いはありましたか。
永田)10年前は体の自由がまったくきかなかったのですが、今回は揺れは酷かったですが、なんとか体の自由はききました。
西村)怪我はなかったですか。
永田)怪我はなかったです。
西村)地震の後、永田さんはどうしましたか。
永田)地震の後は家に帰って状況を確認し、すぐ消防団の活動に移りました。
西村)どんな活動をしたのですか。
永田)当日は、周りの状況が全く分からなかったので、地元の消防団の仲間たちと地域の被害状況を確認し、住民に声をかけて回りました。
西村)益城町の建物の被害はどうでしたか。
永田)建物の被害はそこまで見受けられなかったです。神社の石灯籠が倒れているのは見ました。
西村)みなさん家の外に出ていたのですか。
永田)わたしが回っていたときは外に出ている人はいませんでした。直後はみなさん道路に出て、不安そうに隣近所の人と話しをしていました。わたしは「大丈夫でしたか?」と声かけながら、車の中から話をしました。「手伝ってほしい」と声をかけられることは、今回はなかったです。
西村)現在の電気・水道・ガスの状況についておしえてください。
永田)益城町は、停電・断水している場所が少しあります。
西村)町内でもライフラインの状況が違うのですね。停電・断水している地域のみなさんはどうしているのですか。
永田)今回は2箇所ある避難に避難している人たちが多いと思います。
西村)10年前の熊本地震の時は車中泊をしている人が多かったですが、今回はどうですか。
永田)家屋の被害は少ないのですが、今回も余震が多いので、家の中にいるのが不安で、車の中で過ごしている人が多いです。
西村)余震はどんなようすですか。
永田)家の中にいるとミシミシと音が出る余震が夜中に数回あるので、ビクっとしますが、今のところは平常心を保って過ごせています。
西村)避難している人たちの食事についておしえてください。
永田)カロリーメイトやゼリーなどで過ごしている人も一定数います。
西村)今後は、どのような支援が必要だと思いますか。
永田)10年前との違いは暑さです。昼間の暑さは異常なので、暑さに関しての支援が大事だと思います。
西村)暑い中の活動が続きますが、熱中症に気を付けて過ごしてくださいね。大変な中、どうもありがとうございました。
2026年7月26日(日)
第1556回「べネズエラ地震1か月 現地の状況」
オンライン:国際NGO ジャパン・プラットフォーム 樋口博昭さん
西村)6月24日に南米・ベネズエラで発生した地震から1ヶ月が経過しました。亡くなった人は5000人以上とも報じられています。今はどのような状況になのでしょうか。現地で支援活動に当たったジャパン・プラットフォームの樋口博昭さんに聞きます。
樋口)よろしくお願いいたします。
西村)ジャパン・プラットフォームはどのような団体ですか。
樋口)ジャパン・プラットフォームは、自然災害や紛争など、国内外を問わず支援が必要とする人々に迅速かつ効果的な支援を届けるNGOです。
西村)先月24日、現地時間の夕方6時ごろ、首都カラカスから西に約160km離れた場所でマグニチュード7を超える地震が1分足らずの間に2回も発生しました。亡くなった人は5000人以上、行方不明者は数万人規模に上るとみられています。今も多くの人が避難生活を続けています。樋口さんは、いつ頃からどこへ行きましたか。
樋口)7月1日に日本を出発し、10日までの10日間、ベネズエラに行ってきました。
西村)地震が発生した1週間後ですね。ベネズエラのどのあたりですか。
樋口)今回被害があった首都カラカスに行きました。
西村)カラカスは震源地から東におよそ160km離れた場所ですね。カラカスはどんな街ですか。
樋口)首都なので人口が密集しています。震源地から160km離れた場所ですが局地的に建物が倒壊していました。
西村)地震が起きたのが現地時間の夕方6時頃。夕食時でしょうか。
樋口)夕方6時に地震が起きたので、救助活動が遅れてしまいました。学校の倒壊もあったのですが、夕方6時は児童が既に帰宅していたので被害を免れたことは良かった点です。
西村)夕食時に大きな地震が1分足らずの間に2回も発生。最初がM7.2、その後さらに大きなM7.5の地震が起きました。その時のようすについて、被災者は何か話をしていましたか。
樋口)みなさん口をそろえて言っていたのが、もうとにかくびっくりしたということ。動けなかったと。立て続けに2回のM7の地震が起きて、「何が起きたかわからなかった」と言っていました。
西村)地震に対する備えはあったのでしょうか。
樋口)ほとんどないと思います。ベネズエラでもときどき地震は起こっています。ただ、大きな地震がここしばらくなかった。1967年に大きな地震があり、約300人が亡くなりました。その後も何回かありましたが、甚大な被害は出ておらず、地震に対しての備えはあまりしていない印象です。
西村)日本のように、大きな揺れが起こったときの行動について、あまり教育されていないのですか。
樋口)ないと思います。
西村)建物はどのような状態ですか。
樋口)背の高いビルが倒壊しています。傾いているのが目に見て明らかにわかるビルもあります。
西村)現地の写真を見ていますが、ビルが完全に倒壊しています。がれきだらけになっています。海沿いでしょうか。
樋口)局地的な地震で、被害が多かった海側の建物は、砂の上に建っているので100%倒壊していました。
西村)砂地だから地盤が弱いのですか。
樋口)それもあると思います。
西村)海沿いということはリゾート地でしょうか?
樋口)一部リゾート地もあります。しかし、隣のビルがほぼ無傷で建っているというところもあります。
西村)一本道を挟んだ5階建てのマンションがしっかりと建っていますね。
樋口)これが今回の地震の特徴。道一つ挟んだ場所では、無事なビルもありました。かなり局地的な地震だったと言われています。
西村)1~2階部分の柱が倒れて、空洞になっている5階建ての建物は、瓦礫がたくさん散乱して、土台の部分が崩れそうで怖いですね。
樋口)このようなビルがほとんど手つかずのままで撤去作業ができない状況。いつ倒れるかわからないので、放置している状況です。
西村)この写真の場所は地面が砂ではないですね。どんな場所に建っているのでしょうか。
樋口)これは岩の上に建っています。
西村)土台の違いで被害の大きさが変わるのでしょうか。
樋口)ほとんど無傷で残っている民家もあるけど、道を1本挟んだビルはほぼ倒壊しているという状況が多々見受けられました。
西村)行方不明者が数万人規模に上ると見られていますが、捜索活動は行われているのでしょうか。
樋口)世界各国から救助隊が駆けつけて、最初の2~3週間は救助活動を行っていました。倒壊しそうなビル、倒壊しているビルで人命救助をするのが非常に難しかったです。
西村)なぜですか。
樋口)建物が倒壊しそうなので重機が使えないんです。人がいるかどうか確認するのも一つ一つ手作業なので、人命救助が遅れました。
西村)さらに倒壊するかも知れないから重機が使えないのですか。
樋口)はい。倒壊しそうな建物の前を車で通ることは禁止されました。車の振動で建物が倒れるかもしれないからです。
西村)手作業での作業は難しいですし、時間もかかりますよね。
樋口)今後の課題の一つです。重機がそもそも少なく、どこまで瓦礫の撤去を行うのか。重機を使うとご遺体も傷つけてしまう。家族はご遺体を取り戻したい気持ちがもちろんある。重機を使用する判断が難しいです。
西村)捜索活動の中で助かった命はありましたか。
樋口)4歳の子どもが助かったという話を聞きました。72時間までが救助の目安。それ以降は命に危険があります。8日目に助かった児童は瓦礫に下に挟まっていたのですが、お母さんとおばさんが4歳の子どもの上にかばうように被さっていました。その上にコンクリートのがれきが被さっていたのですが、4歳の子どもだけが生き残ったという状況でした。
西村)救助までの時間、どのように命をつないだのですか。
樋口)瓦礫の下に人がいるということはわかっていて、下手に重機を使えないので、人命救助のためにホースのようなものを瓦礫の間に通して、水などを提供していたそうです。
西村)避難状況について、住民はどのような場所でどんな暮らしを送っているのですか。
樋口)仮設住宅がほぼないので、各自小さなキャンプ用のテントを公園や路上に建てて、そこで暮らしています。
西村)現地の気温はどうですか。
樋口)ベネズエラは雨季に差し掛かっていて、雨が降っているときは比較的涼しいのですが、太陽が出ると非常に蒸し暑く、かなり厳しいテント生活という印象です。
西村)日本と比べてどうですか。
樋口)日本は避難所といえば、小学校の体育館をイメージすると思いますが、ベネズエラはそのような避難場所がないので、個人でテントを張ってどうにか生き延びています。
西村)食べ物はどうしているのですか。
樋口)地元の人の助け合いの精神が見られました。頼まなくてもほかの人が食料を持ってきてくれる。食料だけではなく、ミルクや衛生用品など、誰にも頼まれなくても避難者に配るという助け合いの精神が印象に残っています。
西村)みなさんで自分のできることをやって、命をつないでいるのですね。ライフラインの状況は?
樋口)建物が倒壊しているところでも、電気があるところはあります。でも住めないのでテント生活をしています。水道も壊れています。水はペットボトルの水などを支給されたものを飲んでいます。
西村)トイレはどうしていますか。
樋口)トイレも使えません。大きな避難所では、国連などが簡易トイレを設置しています。しかし小さな避難所には行き届いておらず、苦労しているようすでした。
西村)食べ物はどんなものを食べていますか。
樋口)避難者は簡易的なおかしなどを食べていますが、近所の人が手作りの食事を提供している姿もありました。
西村)樋口さんはどんな支援活動をしましたか。
樋口)加盟団体のピースウィンズ・ジャパン、災害人道医療支援会のHuMAがいち早く駆けつけました。次にグッドネーバーズ・ジャパンが駆けつけました。同行して国連の人々に状況を聞き、ほかの現地のNGOにどのような支援が必要なのか情報収集を行いました。
西村)被災者はどんなことが必要と話していましたか。
樋口)命をつなぐための食料、水、医療支援、衛生用品などの生活物資が足りていないとのことです。
西村)足りていないのですね。病気になっている人はいませんか。
樋口)地震で外傷を負った人は多数います。病院が機能しておらず、薬も足りていません。しかしすごいのは、助け合いの精神。食料など地元の人々が自発的に支援しています。それだけではなく、薬が足りないときは、個人が診療所に持寄付することも。助け合いの精神は力強いと感じました。
西村)仮設住宅がまだないという話もありました。今後どのような生活になっていきそうですか。
樋口)厳しい状況がしばらく続くと思います。ベネズエラは、経済的、政治的に混乱があるので、政府が仮設住宅を建てるという余力はないと思います。しばらくテント生活が続くと思います。
西村)まだまだ厳しい状況が続いていきそうですね。樋口さん、どうもありがとうございました。
2026年7月19日(日)
第1555回「赤ちゃん防災」
ゲスト:国際災害レスキューナース 辻直美さん
西村)大阪府茨木市のラジオネーム・備えあれば憂いなしさんから、こんなメッセージをいただきました。「去年10月に孫娘が産まれました。赤ん坊のための備蓄品は何をどれだけ準備しておいたら良いでしょうか」
きょうは、このメッセージにお答えします。ゲストは、国際災害レスキューナースの辻直美さんです。
辻)よろしくお願いいたします。
西村)赤ちゃんの防災は何から始めたら良いですか。
辻)赤ちゃんだけではないのですが、地震が起きたときには揺れで死なないこと、怪我をしないことが大切。そのためにできる対策は「床に物を置きっぱなしにしない」こと。
西村)我が家は今もおもちゃが散らかってそうです...。
辻)おもちゃが散らかっていたり、文房具があちこちに落ちていたりしたら、揺れたとき、踏んで足を怪我したら大変です。一日中片付けるのは無理なので、オススメは「寝る前リセット」。赤ちゃんや子どもがいておもちゃが多い家庭は、100均の蓋付きのボックスを買ってきて、その中に散らばっているおもちゃを全部入れてください。おもちゃだけではなく、テーブルの上に出しっぱなしになっている文房具も全部入れてください。入れたら蓋を閉めて寝ればOK。
西村)箱にポイポイと入れるだけだったら簡単ですね!
辻)10秒かからないです。ちょっと余裕があるなら、出かける前やご飯食べるときにも癖づけると、床に何もない状態ができます。
西村)理想的な状態ですね。
辻)赤ちゃんや子どもの目線と大人の目線は全然違う。危険なものが全く違います。落ちてきそうなものがないかを確認するのに一番いい方法は、スマホで動画を撮ること。子ども目線で動画や写真を撮るとよくわかります。家具や引き出しの固定も確実にやってください。山積みの絵本が落下して死亡した例もあるので、たくさん絵本がある場合は、落ちてこない場所に移動してください。
西村)本棚の上の隙間に押し込んでいます。
辻)中途半端に差し込むのではなく、入れるならギチギチに入れた方が良いです。落ちにくくなるので。子どもと一緒に寝ていると、お母さんお父さんは子どもを守ることができるけど、自分の体に落ちてきて怪我をしてしまったら、子どもを守れなくなります。地震のときの落ちる・倒れる・移動する・飛ぶという動きから守ってください。
西村)引き出しが飛び出て怪我をするということもありますね。
辻)引き出しロックや樹脂性の耐震版で家具を固定してください。突っ張り棒なども使って、家具が自分の方に倒れてこないようにしてください。
西村)大人だったら引き出しが飛び出しきても大丈夫と思うかもしれませんが...。
辻)子どもだったら顔に当たるかもしれません。撮った動画をテレビなどの大きな画面で見るとよくわかりますよ。
西村)自宅で避難生活をする場合、どんな備えが必要ですか。
辻)ライフラインがストップしたことを想定して、水や食料、災害トイレ1週間分を家族の人数分用意してください。赤ちゃんがいる場合は、お湯を使わずに飲める液体ミルクが便利です。缶や紙パックもあるので用意してください。
西村)水はどれぐらい備蓄したら良いですか。
辻)基本的に3L。1Lが生活用水で、2Lが飲食用。赤ちゃんそこまで飲まないけどうまく家族分に回しましょう。余裕があった方良いです。母乳で育てている場合は全然足りません。汗でほとんど出ていってしまうからです。液体ミルクがあると心の余裕になると思います。手持ちの哺乳瓶のアジャスターをつけて飲めるものもあります。環境が変わったり、ストレスがかかったりすると、いつもと同じ量の母乳が出るとは限らないからです。普段とは違うところで飲ませているから赤ちゃんがうまく飲んでくれないこともあり得ます。液体ミルクは常温保存もできるのでぜひ買っておきましょう。
西村)普段から液体ミルクも飲ませておくと備えになりそうですね。
辻)母乳のお母さんの場合は、1.5倍のカロリーが必要。充実した美味しい災害食も用意しておいてください。
西村)オススメはありますか。
辻)カレーがオススメ。ご当地カレーを買っておいたら良いと思います。近江牛とか神戸牛とかちょっと美味しいものを買っておく。災害食は塩分が多いので味が濃く、その分おしっこが出やすくなるので、水は多めに備蓄しておきましょう。オムツも必要。粉ミルク、お尻拭き、瓶詰めやレトルトパウチの離乳食も備蓄しておきましょう。
西村)ラジオネーム・備えあれば憂いなしさんのお孫さんは去年10月に生まれたとのことで、今ちょうど離乳食が始まる時期ですね。
辻)いざというときにレトルトの離乳食を食べられる子にもなるために、普段から手抜きでレトルト食品を使っておきましょう。その味に慣れておけば赤ちゃんにとって災害食もいつもの食事になります。意外と食べてくれますよ。
西村)普段の家庭での食事はもちろん、外出時に持っていくのも良いですね。瓶詰めやレトルトの離乳食もしっかりと備蓄をしておきましょう。
辻)子どもの場合、普段食べているお菓子、ジュースは排除しがち。大人は災害に対して、質素、倹約なんです。耐える、我慢する、最低限のもので...って。
西村)確かにそんなイメージがあります。
辻)エンタメがないと頑張れません。みんなが盛り上がるおかし、ゲーム、ジュース、常備できるパンなどを備蓄して、食べるエンタメを意識してみてください。長期保存できるものも普段から食べて慣れておきましょう。
西村)アクセサリーのおまけが付いたお菓子を娘のために防災袋に入れておこうかな?
辻)良いと思います。気持ちがアガるんだったら良いですよね!
西村)ほかに栄養面を考えて、備蓄しておくと良いものはありますか。
辻)わたしは、フリーズドライのスープや味噌汁を普段から買っています。楽に美味しい味噌汁が飲めるし、きちんと野菜も摂れます。無添加で1年間保存できる紙パックの野菜ジュースも常備しています。1日1本飲めば十分野菜が摂れます。
西村)それを毎日飲みつつ、ローリングストックしているのですね。
辻)いざとなったら温めてスープにもできるし、離乳食にも使えます。普段から食べているもので、災害食に転用できるものを探すのも楽しいですよ。いろいろ探してみてください。災害時に摂取しにくいミネラル、ビタミン、食物繊維が入った食品も探しておいてください。
西村)お気に入りを多めに購入して、ローリングストックをしましょう。家が被災して、避難所に行くときは何を持ち出したら良いですか。
辻)生活に必要なものは全部持っていかなければなりません。避難所は、床と屋根を貸してくれるだけ。避難所に行けば自分のものは全部用意されていると思うかもしれませんが、持っていった防災リュックで3日間を過ごすことになります。72時間分、生活に必要なものを持っていきます。水、食料、災害トイレ、灯り。灯りはヘッドライトやネックライトなど両手が空くものが良いです。場所によっては床に直接寝ないといけないので、トラベルピローも。体が冷えるかもしれないので、圧縮してバスタオルをいれておくのも良い。冬場に必ず使うのは、アルミのレスキューシート。体育館の床は冷たくてそのまま寝ると体温を奪われます。体が濡れている場合は、低体温症になってしまうので、アルミシートを使ってください。
西村)簡易トイレをするときや着替えの際の目隠しにもなりますね。
辻)旗のように振って、SOSするとヘリからはよく見えます。アルミシートは使い勝手が良いです。
西村)コンパクトにできますしね。
辻)5センチ角ぐらい。軽いし、カバンの中にいつも入れておいても邪魔になりません。
西村)どこで買ったら良いですか。
辻)100均に売っています。100均になかったらホームセンターへ。お値段で折り合いがつくものを買って、3回使って実証実験をして決めます。
西村)3回も実証実験をするんですか!?
辻)1回目はうまくいきません。でも失敗ではありません。2回目も失敗するかも知れない。でも3回目は自分のやり方でできると思います。その上で、コスパ、心地良さ、使いたいと思うかで決めます。買っただけではダメなんです。
西村)ドキッとしている人が多いのでは?わたしもそうです。
辻)防災グッズを買って終わりの人が多いんです。普段使っていないものは、災害時の絶対使えない。必ず3回使ってください。プチプラ価格ならチャレンジしやすいですよね。1000~2000円なら躊躇するけど100均で買えるものならすぐに買いに行くことができます。
西村)いろいろと入れてしまいそうになります。
辻)わたしは、食料、排泄、睡眠、医療、衛生、情報、エンタメとカテゴリーに分けて備えています。赤ちゃんや子どもは、移動するときに歩いてくれるとは限りません。ベビーカーは道がデコボコなって使えないことが多いです。抱っこ紐は絶対必要。腹帯でも代用できますが、わたしは、スリングがイチオシです。手軽で授乳ケープにもブランケットにもなる。汎用性があるので荷物が一つでも減ると思います。金具を取ったら長い布になるので、いろいろ使えると思います。
西村)ベビーカーがあった方が、ベビーベッド代わりに寝かせられるし...と思うお母さんもいるかも...。
辻)阪神・淡路大震災のときに宝塚に友人が住んでいて、助けに行ったとき、途中まで原付バイクで行ったのですが、すぐパンクして。そこから歩きましたが、道に亀裂が入り、隆起していて、あちらこちらに自転車などが捨ててありました。車も当然使えない。ベビーカーで通ることは難しいと思います。お母さんが落ち着かないと子どもって泣き止まないんです。どれだけ正しい抱っこをしてもお母さんの不安は赤ちゃんに伝わる。そんなときは、深呼吸をすること。深呼吸というと、まず吸うと思っているかもしれませんが、体がガチガチだと空気が入らないから浅い呼吸になる。まずは吐く。必ず吐いてから吸う深呼吸を3回してください。そのときに右手を胸に手を当てて、「大丈夫」と言ってください。
西村)言葉の魔法ですね!
辻)これで落ち着くので普段から旦那にイラッとしたときもこれをやってみて(笑)。子どもが水をこぼしたときも。成功体験を持っておくと、いざというときに深呼吸しただけで落ち着くからやってみてください。
西村)リスナーに伝えたい事はありますか。
辻)本当にいつ何が起こるかわかりません。30年間に数%の確率で地震が起こるということは、30年先に起きそうと思いますが。そんなことはない。今この瞬間に起きるかもしれない。
西村)最近もいろんなところで地震が起こっています。
辻)そんなときに安心して生活できるためには準備が必要。難しいことはしなくていい。100均に行って、蓋付きの箱を買ってきて、中にものを入れるだけでいい。「災害は怖いけど、防災はおもしろい」そう思ってやってみてください!