ゲスト:福祉防災コミュニティ協会理事 湯井恵美子さん
西村)災害が起きた場合、障害のある人や高齢者の避難には支援が必要です。
きょうは、福祉避難所に詳しい福祉防災コミュニティ協会理事 湯井恵美子さんにお話を聞きます。
湯井)よろしくお願いいたします。
西村)湯井さんの息子さんは、障がいがあると聞きました。どんな障害があるのですか。
湯井)今年で31歳の息子には重度の知的障がいがあります。知能レベルは1歳ぐらいで言葉も話せません。車が大好きですが信号が理解できないので1人で外出もできません。言葉で誰かに「助けて」と伝えることができません。
西村)外出するときに困ることはありますか。
湯井)初めて行く場所や初めて会う人がとても苦手。特に電車など大勢の人が集まる場所が怖くて仕方ない。怖すぎるとパニックになり、ひどくなると暴れてしまいます。その場にうずくまって泣いてしまうこともあります。
西村)災害時、慣れている自宅から別の場所に避難するのは難しいと思いますか。
湯井)一般の避難所で、障がいのない人たちがたくさん集まる場所は彼にとって苦痛な場所だと思います。
西村)息子さんとの生活で、防災面で対策をしていることはありますか。
湯井)地震対策で最初に考えなければならないのは耐震性。わたしが住んでいるマンションは、一番強い耐震基準で建てられています。中にはたくさんの備蓄品を置いています。食べ物や薬、トイレは1ヶ月分。彼には、緊急地震速報の音でパニックを起こさないように、慣れる訓練もしています。緊急地震速報を聞いたら、慌てずすぐに玄関に移動して玄関のヘルメットをかぶり、靴を履くまでを訓練しています。
西村)何年も続けているのですね。
湯井)訓練は10年続けています。
西村)難しいことを訓練して慣れさせていくこともひとつの防災なのですね。
湯井)慣れることができたら、できないと諦めることが少なくなります。慣れることは大事なこと。
西村)一般の避難所に息子さんと一緒に行ったとしたらどうなると思いますか。
湯井)受付で並ぶことから耐えられないと思います。そういう場所は彼にとっては避難場所ではないと思います。
西村)肩をたたかれて、「こっちにお弁当あるから取りにおいで」と知らない人に言われたらどうなりますか。
湯井)大パニックになると思います。知的障がいが重い人は、自分の目の見える範囲しか理解できません。後ろから肩を叩かれるのは、暗闇から手が出てくるようなもの。
西村)わたしたちが想像する以上にいろんなことが怖いのですね。そのような障がいがある息子さんは、学校などの避難所に行くのは難しいので、福祉避難所があるのですね。
湯井)生活全般に支援が必要な人は、自分が慣れ親しんだ福祉関係の事業所や特別支援学校に避難して、避難生活を送ります。高齢者や障がい者の入所施設が、福祉避難所として各市町村から指定されています。指定された福祉事業所や特別支援学校では、避難者の滞在に使う物品を保存してあり、防災計画にそって繰り返し訓練が行われています。
西村)福祉避難所は全国にどれぐらいあるのですか。
湯井)全国に2万6000ヶ所以上あります。これからどんどん増えていくと思いますが、公示していない市町村もあります。
西村)大阪市のホームページを見ると、福祉避難所は約360ヶ所あります。リストには施設名と住所が記載されています。公表していない施設もあるのはなぜですか。
湯井)災害が起きたときに本当に使えるかどうかわからないからです。公示することによって、たくさんの人が押し寄せると、福祉事業所側が困ってしまうからです。
西村)福祉避難所として指定されている施設が被災してしまったら、開設できないですもんね。そこに大勢の人が詰めかけてしまうということは、過去の災害でもあったのでしょうか。
湯井)熊本地震や能登半島地震でもありました。熊本地震では90%以上の建物が被災。高齢者施設は2000年以降に建てられている新しい建物が多いので、みなさんトイレを求めて避難してきました。福祉事業所しか空いてないから、高齢者や障がい者だけではなく、一般の人もトイレを使うために押し寄せました。
西村)受け入れるスタッフは足りていましたか。
湯井)能登半島地震は日中に起こりましたが、正月で職員の数が少なかった。トンネルや道も被災していたので、職員が遠くから施設に来ることができませんでした。少ない職員で数百人の避難者のケアをした福祉事業所も。能登半島は高齢者が多く、極寒の時期でした。停電で寒く、余震も怖い。津波避難も必要だったので、高台にある福祉事業所にみなさんで避難したそうです。
西村)ただでさえ、いつも通っている利用者、高齢者でいっぱいだったでしょう。
湯井)認知症の高齢者約70人をスタッフ5人ぐらいでケアしたそうです。何も起きていなくても大変なのに、電気も水道も使えない。揺れの影響でスプリンクラーが誤作動して、施設中水浸しになり、高齢者の布団を片付けて、暖房も効かない中、着替えをさせる。それを70人分。5人で面倒を見ないといけない。さらに外からの避難者の対応...。もう無理ですよね。とても過酷な状況だったと思います。
西村)わたしたちは、どうしたら良いのでしょうか。
湯井)まずは自分で備えをしておくことが基本。南海トラフ地震の場合、最大で大阪府全域で震度6弱の揺れになります。逃れようがないので、震度6弱に耐える家に住んでおくことも大事。丈夫な家に住んだ上で、家具の固定をきちんとしておく。少なくとも寝屋には、背の高い家具は置かない。なるべく物の少ないシンプルな生活を心がけて過ごす。水・食料と薬、トイレの備蓄をして、なるべく在宅で過ごせるようにしておくことが大事です。
西村)湯井さんは、薬など1ヶ月分準備しているのですね。
湯井)水は300Lほどあります。無洗米は15kg。ガスボンベは15本。我が家は鍋料理が多いので、どんどん使って新しくしています。
西村)ローリングストックですね。しっかり備えをしておくことは、高齢者、障がいのある人だけではなく、みんなに必要なことですね。家が住めなくなって、福祉避難所に行く場合、どのような手順で行くことができるのですか。
湯井)市町村が福祉事業所や特別支援学校に指示し、福祉避難所を開設しますが、これまでの災害で順調にいった例はありません。避難者を受け入れた段階で、福祉避難所は機能するので、高齢者や障がい者を受け入れた段階で開設となります。
西村)避難に対してどんな備えをしておけば良いでしょうか。
湯井)各市町村が、災害時避難行動要支援者名簿を作っています。その名簿に従って、個別避難計画作っておきます。日頃通っている特別支援学校や福祉事業所に避難の相談をして、避難先が決まったら各自治体に届け出を出します。
西村)特別支援学校に通っている児童・生徒が、学校と話し合いをしている例もあるのでしょうか。
湯井)そのような学校が増えてきました。
西村)特別支援学校に通っている児童・生徒は、どのように話し合いを進めて、どんなことを決めているのですか。
湯井)特別支援学校は、校舎は一般の学校と同じ。福祉避難所として使えるところは体育館・教室です。一般の学校と比べて、医療的ケアができる物品の充実、バリアフリーなどの施設面のメリットは大きいですが、長期滞在には少し問題があります。
西村)どんな問題ですか。
湯井)長く生活していく上で生活環境はすごく大事。プライバシーが守られて、きちんとしたベッド・布団で寝られて、家族と一緒に過ごすことができる場所。そこに福祉サービスがなければ、障がい者・高齢者は、どんどん弱ってしまうのです。
西村)能登半島地震で被災した障がいのある人はどうなったのでしょうか。
湯井)大変な思いをしていました。福祉事業所で家族と一緒に生活をするのですが、雑魚寝状態です。福祉避難所の数が足りないので、どうしても雑魚寝になります。職員さんは献身的に支えてくれていました。
西村)一般の避難所に行くのは難しかったのですね。
湯井)一般の避難所は、市町村立の小学校・中学校。知的障がいをもつ子どもが、家族と一緒に学校に避難をしたのですが、学校も被災しているし、大勢の人が集まっていて、普段通っている特別支援学級にも知らない人がいる。そうなるとパニックを起こます。それで、親御さんも一緒に追い出されてしまう事例もありました。
西村)しっかりと準備をしておかなければならないですね。
湯井)避難している一般の人たちも怖い思いをしています。そんな中で、みんなのルールに従えないと一緒には生活していけません。そのためにあるのが福祉避難所。お父さんやお母さんが、お子さんのパニックがクールダウンするまで、心身ともに健やかに生活していける場所を考える間だけでも、特別支援学校で生活ができたら。慣れ親しんだ先生と話をして、勇気を奮い起こして、そこから新たな生活再建を考えられたらと思います。
西村)湯井さんどうもありがとうございました。
