オンライン:語り部・NPO法人「益城だいすきプロジェクト・きままに」永田忠幸さん
西村)10年前の2016年4月14日と16日に発生した熊本地震。観測史上初めて、短時間のうちに最大震度7を2度記録しました。熊本県の中央北寄りに位置する益城町では、町内の約98%の家屋が被災するなど、大きな被害が発生しました。
きょうは、益城町で農業を営みながら語り部をしている、NPO法人「益城だいすきプロジェクト・きままに」の永田忠幸さんにお話を聞きます。
永田)よろしくお願いいたします。
西村)10年前、地震が発生した当時のことを教えてください。
永田)最初の地震があったのは、14日の夜9時過ぎ。その日はキャベツの出荷を終えて、市場から帰宅したところでした。大きな揺れを感じました。何が起きたのかわからなかったです。
西村)体はどんなふうに動きましたか。
永田)横になっていたので、すぐに飛び起きて、体を丸めてうずくまりました。すぐに停電して、何も見えなくなったのですが、スマホのライトを頼りに家を確認。当時わたしは消防団にいたので、消防の詰所に向かいました。
西村)永田さんの家は大丈夫でしたか。
永田)わたしの家は1回目の地震ではあまり被害がなかったので、すぐに活動に移ることができました。
西村)16日の地震のときはどうでしたか。
永田)2回目の地震で、自宅は全壊しました。1回目の地震の後からすぐに消防団の活動をしていたので、2回目の地震のときは家にいませんでした。
西村)家族は大丈夫でしたか。
永田)熊本地震はとにかく余震が多く、震度5~6の余震が続いたので、家の中にいるのは危険でした。両親は2回目の本震が起きたとき既にトラックの中に避難をしていたので、全壊した家の中で被害を受けることはなく無事でした。
西村)トラックでの生活も大変だったと思います。消防団ではどんな活動をしていたのですか。
永田)地域の住民の安否確認のために全ての家を回りました。わたしは、東日本大震災でボランティア活動をしていたので、その経験を生かせる場所に配属になりました。全国から来る支援物資を収納したり、避難所に配ったりしていました。
西村)地震で農業の仕事はできなくなったのですか。
永田)わたしがもっている畑や田んぼは、断層の真上にあったので、亀裂が入って農業ができなくなりました。土砂崩れで畑に水を引き込む水路にも被害が出て。景色が一変してしまいました。
西村)その景色を最初に見たとき、どう感じましたか。
永田)不謹慎かもしれないのですが、「大地はこんなふうになるのか...」と思って、笑ってしまったんです。そのときの心境はうまく説明できません。もう受け入れるしかない...と思いました。
西村)益城町には古い伝説があると聞きました。
永田)益城町には、400年以上前から「大蛇伝説」があります。昔は地震という言葉がなかったので、なぜ地面が揺れるのかわからなかった。益城町は、昔から今回の熊本地震と同じ規模の地震が何百回も起きている場所です。昔の人は、地面が揺れたり、亀裂が走ったりするのは、大蛇が動いたからだと思ったようです。わたしの住んでいる地域では、180mにわたって地面に亀裂が入りました。断層の段差は1.7mもあったので、1.7m以上あるヘビが動いたように見えても無理はないと思いました。
西村)永田さんが熊本地震の語り部になった経緯を教えてください。
永田)わたしは、当時、断層の真上で農業をしていて、地震後は仮設住宅に住んでいました。その経験があったので、ボランティアで来ている人たちに益城町の案内、仮設住宅の話、断層の話などをしてほしいと依頼されたことがきっかけです。
西村)どんな人に、どんなことを語っているのですか。
永田)最初は、県外から来るボランティアや消防団、自治会、地方議員などに話をしていました。同時に、子どもたちの防災学習についても話をしてほしいと依頼が来るようになって。益城町でも正式に語り部を養成することになり、わたしが第1期生。防災・減災学習プログラムの語り部養成に参加し、修学旅行生や大学生に向けた語り部活動が増えていきました。
西村)学生への語りで気をつけていることはありますか。
永田)修学旅行で来る子どもたちは、地震の話を聞きに来ているわけではないんです。修学旅行のコースに入っているから聞きに来ているだけ。能動的に地震の話を聞きに来ている子どもは少数。興味がない子どもたちに地震の話をするわけです。
西村)地震を体験してない学生がほとんどですよね。地震当時はまだ生まれていなかった子どもたちもいると思います。そんな子どもたちにどんなふうに語っているのですか。
永田)家に帰ってからも考えてもらいたいので、わたしの仕事は興味を持ってもらうこと。「熊本でこんな話を聞いたよ」と家族に話してもらえるように。子どもたちが家に帰って話題にしやすいように、ちょっと変な服装や髪型をして話をしています。
西村)気になります。どんな服装でどんな髪型なんですか。
永田)ちょんまげのような髪型で、大蛇や龍の話をするので、蛇や龍が描かれた法被を着ています。
西村)それは土産話にしたくなりますね。語りはどんな内容ですか。
永田)大蛇伝説やわたしが仮設住宅で経験したことを中心に話をしています。わたしが仮設住宅で困ったことを話します。わたしは、仮設住宅に3年半住んでいました。仮設住宅に住んでいるといろんなアンケートが届きます。「今、仮設住宅で困っていることはありませんか」という項目を見たときに、僕はとても困るんです。僕は仮設住宅に住む前に避難所生活を半年以上しているので、避難所生活に比べたら快適。地震前の生活と仮設住宅を比べたら、不便なことや大変なことはありますが、避難所生活に比べたら、仮設住宅での生活はプライベートが守られ、好きなときに寝られて、好きな時間に本を読める。ありがたい生活だったからです。
西村)そのお話を聞いた子どもたちの反応は。
永田)「面白かった」という感想をもらうことが多いです。
西村)永田さんが伝えたい熊本地震の教訓を教えてください。
永田)わたしは語り部で教訓はほとんど伝えていません。わたしが住んでいる地域は家が50軒ほどしかない田舎。どこに誰が何人住んでいるか、顔と名前が一致します。家の倉庫には5人家族✕5年分ぐらいの米が常にストックしてあります。家の前で火が簡単に起こせるし、すぐに近くの湧水を汲みにいくことができます。そのような場所で経験した地震の話をしても、多分みなさんの役に立ちません。災害の備えは、地域によって、家族構成によって違います。家族に赤ちゃんや体の不自由なおじいちゃんおばあちゃんがいるか、その時々によって備えておくものも違ってきます。自分が今住んでいる場所で、住んでいる人や場所に合った備えをしてください。「わたしの話は、みんなの役に立たないから全部忘れていい。自分の家に帰って、家族とこれから先の備えについての話をして欲しい」と伝えています。これが教訓と言えるのかもしれません。
西村)永田さんどうもありがとうございました。
