オンライン:防災普及学生団体「Genkai(玄海)」橋本玄さん
西村)防災訓練と聞くと、堅苦しい、面倒くさい...などと感じる人もいるかもしれません。
きょうは、防災を楽しく、面白く体験してもらおうと活動する防災普及学生団体「Genkai」を立ち上げた大学生の橋本玄さんにお話を聞きます。
橋本)よろしくお願いいたします。
西村)防災普及学生団体「Genkai」は、神奈川県の団体だそうですね。
橋本)神奈川県の鎌倉市を拠点に活動している団体です。
西村)橋本さんは今おいくつですか。
橋本)今年21歳になる現在20歳の大学3年生です。
西村)防災普及学生団体「Genkai」は、どんなメンバーで活動しているのですか。
橋本)メンバーは90人で8~9割は防災初心者。学びながら発信しています。
西村)活動していく中で大切にしていることはありますか。
橋本)「好き×防災」をテーマに活動しています。防災には、難しい、面倒くさいイメージがある中で、いかに自分ごとだと思ってもらえるか。学生の好きなことや夢を掛け合わせることによって、新しい形で防災を発信していきたいと思っています。
西村)橋本さんはなぜこの団体を作ったのですか。
橋本)東日本大震災のときは4歳でした。鎌倉も揺れたのですが、地震という言葉も知りませんでした。「ウルトラマンと怪獣が戦っているの?」と感じたことを覚えています。父が医療関係の仕事で被災地に行ってつながりを持つ中で、自分も防災と関わっていきました。
西村)お父さんが医療関係のお仕事で被災地に行くときに橋本さんも一緒に行ったのですか。
橋本)一緒に行ったのではないです。父が近所のおばちゃんたちに湯たんぽカバーを縫ってもらって3000セットぐらい東北に送ったことがありました。その頃、復興支援のバザーなどについて行ったことはありました。
西村)4~5歳ぐらいのときから防災を身近に感じていたのですね。
橋本)中学校のときに学校の防災訓練がありました。いわゆる逃げて終わりの避難訓練です。朝、先生が「地震が起きる」と未来を予知して。チャイムが鳴って、サイレンが鳴ってみんなでゆっくり整列して歩いて校庭に行くという事務処理的な訓練でした。それがすごくもったいないと思って、学校と大喧嘩したんです。
西村)それはなぜもったいないと思ったのですか。
橋本)被災地の人たちと関わる中で、日頃の訓練の大切さを実感していました。備える、訓練することより、どう意識づけるかが大事だと中学生ながらに思っていたんです。このまま形式的な訓練をしていて良いのか。1年間、学校と喧嘩しましたが変わらないとわかったので、それなら地域から変えようと2人ではじめました。わたしの名前の玄(はるか)もう1人の海人(うみと)とから字を取って「玄海」と名付けました。
西村)何年生の頃に立ち上げたのですか。
橋本)中学3年生です。
西村)周りの友達はどんな反応でしたか。
橋本)受け入れてくれました。最初は地域の危険な場所の動画を撮影して自治会に送ることからはじめました。鎌倉市の5ヶ所のブロックごとに撮影しました。
西村)自治会は、中学3年生の2人が活動していることについてどんな反応でしたか。
橋本)鎌倉は学生のボランティアなどの社会活動にすごく前向きなんです。支援するだけではなく、一緒にやっていく視点を持ってくれる人が多いです。同じ視点に立ってくれるので恵まれていると思います。
西村)最初の取り組みをしてみてどうでしたか。
橋本)地域の人によろこんでもらえました。それを見ていた同級生たちが「一緒にやりたい」と言ってくれて。「防災はやったことないけどキャラクター作りなら手伝える」などと仲間が増えていきました。
西村)みんな自分の好きなことや得意分野を防災につなげていったのですね。
橋本)新しい化学反応がたくさん生まれました。
西村)若い世代ならではの目線ですね。15歳で団体を立ち上げてから6年が経ち、現在21歳の橋本さん。今はどんな活動をしているのですか。
橋本)わたしは2年前に代表をおりました。まだ学生なのでメンバーとして在籍していますが、今は大学2年生の女の子が3代目代表として活動しています。中学2年生のときから関わってくれている人で、やってきたことを残しつつ、新しいことに挑戦してくれているので、すごくいい形になっていくと期待しています。わたしがまだ引き継げていない部分があるので、しっかり引き継いで、新しい玄海にバトンパスできるような体制作りを頑張っているところです。
西村)新しい風も取り入れているのですね。どんなことをしているのですか。
橋本)35歳以下の日本全国の防災の研究職、ベンチャーに携わる人のコミュニティを友人と作っています。前の坂井学防災担当大臣が呼びかけてくださった勉強会から始まったつながりもあって。防災は狭い世界なので顔の見える関係がたくさんあります。みんなで能登に行って日本のこれからの防災を考えています。
西村)若い世代だからこそ生まれた考えや取り組みもあるのですか。
橋本)あります。防災はどうしても形式じみたものが続いてしまいがちです。
西村)確かに。避難訓練がずっと変わってない学校もたくさんありますね。
橋本)35歳以下の世代は、東日本大震災や阪神・淡路大震災を経験して、防災に違和感を持っている世代。阪神・淡路大震災後、東日本大震災後の防災教育はどう変わったのか体験してきたと思うので、そこをしっかり制度にしていかなければならないと思います。
西村)それはみなさん同じ気持ちですか。
橋本)危機感を持ってやっています。能登半島地震のときは発災2日目に現地に行きました。初期から関わってきた人、今も能登に住んでいる友人もいます。それぞれの視点を形にしていくコミュニティが出来上がっているので、新しい防災ができると期待しています。
西村)能登の被災地を見て、変えていかなければならないことはありますか。
橋本)あります。復興の遅れを感じます。地方の町ならではのつながりで復興してきているけど、どうしても遅いと感じます。改めて首都直下地震や南海トラフ地震が起きたときのことを考えると、このままでは良くない。能登の人口規模でこれだけの被害が出て、支援・復旧の遅れが出ている。南海トラフ地震が起きたらどうするのかと感じます。ひとりひとりが意識して変えていくしかないと思います。
西村)どんな活動をしていきますか。
橋本)玄海は、防災の入口を切り開くことが最初のミッション。「防災運動会」といって、障害物リレー形式で消火器体験や担架の搬送を体験できるプログラムをしています。小学生が対象です。彼らが災害時に消火器を扱うことはないかもしれませんが、家に帰って、「きょう防災訓練をやったよ!」と話をしてもらうことがわたしたちの目標です。
西村)実際にそんなふうに話した子どもたちはいましたか。
橋本)「初めて防災訓練の話をした」という子もいました。「明日、お母さんがホームセンターに行ってくれます」という感想文が届いたことも。これがまさにわたしたちが求めていたことなんです。
西村)それは学校に行って、地域のメンバーで実施するのですか。
橋本)鎌倉市内の学校が多いですが、いろんな学校に行っています。大学生、高校生が子どもたちと同じ視点に立って伝えています。
西村)大人と子どもが一緒にできるイベントもありますか。
橋本)「防災アドベンチャー」というのがあって、めちゃくちゃ面白いんですよ。普段何気なく歩いている町が大丈夫なのかを疑うゲームです。ハザードマップには記載されていない危険なブロック塀、瓦屋根のある家、細い道などを見つけて、それが避難経路にないかを確認するんです。
西村)ハザードマップには浸水区域は書かれていますが、ブロック塀のことは書かれていないですものね。
橋本)個人の家のことはハザードマップには書けないので。町を実際に歩いてみて、最短ルートより最善ルートを探しています。
西村)命が助かるルートをみんなで探すのですね。
橋本)そうすると見えてくるものがあって面白いです。
西村)実際に体験したみなさんからはどんな感想がありますか。
橋本)「まさかわたしの町にこんなに危険なところが!」とよく聞きます。ある小学校で半年かけてやったこともありました。ハザードマップを重ねて、知識を引っ張り出して、最後に町を歩いてみると学校に一番近い家の子が、最善ルートなら一番遠回りしなければならないことがわかりました。ハザードマップは参考資料。ハザードマップは正解ではなく、プラスアルファで考えられることがあると思いましたね。
西村)学生スタッフのみなさんは、どんな道に進んだのですか。
橋本)防災と離れた仕事をする人もいます。元々薬剤師を目指していた人は、高校3年生の6月に能登に行ったことがきっかけで、今は災害専門の看護学校に通っています。一緒に副代表をしていた人は、今、能登の会社でインターンとして働いていて、月の半分ぐらいを能登で過ごしています。
西村)防災の初心者だったみなさんが、どんどん輪を広げて人生が変わっているのですね。
橋本)そんなにみんなの人生を変えちゃっていいのか...と思っています(笑)。
西村)改めて防災を伝える上で、大切にしていることは何ですか。
橋本)自分が被災することを想像すること。東日本大震災の被災地で、ある記者から「あなたが今日ドアを開けて見たこの景色は震災前の景色なんだよ」と言葉をかけられました。それを聞いたときに、初めて自分の町が被災地になることを想像しました。みなさんも想像して、ぜひ今できることひとつずつやってほしいです。防災の基本を学ぶ、家族で話し合ってみるなど、まずは防災の話題を食卓に持っていくことから始めてもらえたら思います。
西村)橋本さんどうもありがとうございました。
