第1556回「べネズエラ地震1か月 現地の状況」
オンライン:国際NGO ジャパン・プラットフォーム 樋口博昭さん

西村)6月24日に南米・ベネズエラで発生した地震から1ヶ月が経過しました。亡くなった人は5000人以上とも報じられています。今はどのような状況になのでしょうか。現地で支援活動に当たったジャパン・プラットフォームの樋口博昭さんに聞きます。
 
樋口)よろしくお願いいたします。
 
西村)ジャパン・プラットフォームはどのような団体ですか。
 
樋口)ジャパン・プラットフォームは、自然災害や紛争など、国内外を問わず支援が必要とする人々に迅速かつ効果的な支援を届けるNGOです。
 
西村)先月24日、現地時間の夕方6時ごろ、首都カラカスから西に約160km離れた場所でマグニチュード7を超える地震が1分足らずの間に2回も発生しました。亡くなった人は5000人以上、行方不明者は数万人規模に上るとみられています。今も多くの人が避難生活を続けています。樋口さんは、いつ頃からどこへ行きましたか。
 
樋口)7月1日に日本を出発し、10日までの10日間、ベネズエラに行ってきました。
 
西村)地震が発生した1週間後ですね。ベネズエラのどのあたりですか。
 
樋口)今回被害があった首都カラカスに行きました。
 
西村)カラカスは震源地から東におよそ160km離れた場所ですね。カラカスはどんな街ですか。
 
樋口)首都なので人口が密集しています。震源地から160km離れた場所ですが局地的に建物が倒壊していました。
 
西村)地震が起きたのが現地時間の夕方6時頃。夕食時でしょうか。
 
樋口)夕方6時に地震が起きたので、救助活動が遅れてしまいました。学校の倒壊もあったのですが、夕方6時は児童が既に帰宅していたので被害を免れたことは良かった点です。
 
西村)夕食時に大きな地震が1分足らずの間に2回も発生。最初がM7.2、その後さらに大きなM7.5の地震が起きました。その時のようすについて、被災者は何か話をしていましたか。
 
樋口)みなさん口をそろえて言っていたのが、もうとにかくびっくりしたということ。動けなかったと。立て続けに2回のM7の地震が起きて、「何が起きたかわからなかった」と言っていました。
 
西村)地震に対する備えはあったのでしょうか。
 
樋口)ほとんどないと思います。ベネズエラでもときどき地震は起こっています。ただ、大きな地震がここしばらくなかった。1967年に大きな地震があり、約300人が亡くなりました。その後も何回かありましたが、甚大な被害は出ておらず、地震に対しての備えはあまりしていない印象です。
 
西村)日本のように、大きな揺れが起こったときの行動について、あまり教育されていないのですか。
 
樋口)ないと思います。
 
西村)建物はどのような状態ですか。
 
樋口)背の高いビルが倒壊しています。傾いているのが目に見て明らかにわかるビルもあります。
 
西村)現地の写真を見ていますが、ビルが完全に倒壊しています。がれきだらけになっています。海沿いでしょうか。
 
樋口)局地的な地震で、被害が多かった海側の建物は、砂の上に建っているので100%倒壊していました。
 
西村)砂地だから地盤が弱いのですか。
 
樋口)それもあると思います。
 
西村)海沿いということはリゾート地でしょうか?
 
樋口)一部リゾート地もあります。しかし、隣のビルがほぼ無傷で建っているというところもあります。
 
西村)一本道を挟んだ5階建てのマンションがしっかりと建っていますね。
 
樋口)これが今回の地震の特徴。道一つ挟んだ場所では、無事なビルもありました。かなり局地的な地震だったと言われています。
 
西村)1~2階部分の柱が倒れて、空洞になっている5階建ての建物は、瓦礫がたくさん散乱して、土台の部分が崩れそうで怖いですね。
 
樋口)このようなビルがほとんど手つかずのままで撤去作業ができない状況。いつ倒れるかわからないので、放置している状況です。
 
西村)この写真の場所は地面が砂ではないですね。どんな場所に建っているのでしょうか。
 
樋口)これは岩の上に建っています。
 
西村)土台の違いで被害の大きさが変わるのでしょうか。
 
樋口)ほとんど無傷で残っている民家もあるけど、道を1本挟んだビルはほぼ倒壊しているという状況が多々見受けられました。
 
西村)行方不明者が数万人規模に上ると見られていますが、捜索活動は行われているのでしょうか。
 
樋口)世界各国から救助隊が駆けつけて、最初の2~3週間は救助活動を行っていました。倒壊しそうなビル、倒壊しているビルで人命救助をするのが非常に難しかったです。
 
西村)なぜですか。
 
樋口)建物が倒壊しそうなので重機が使えないんです。人がいるかどうか確認するのも一つ一つ手作業なので、人命救助が遅れました。
 
西村)さらに倒壊するかも知れないから重機が使えないのですか。
 
樋口)はい。倒壊しそうな建物の前を車で通ることは禁止されました。車の振動で建物が倒れるかもしれないからです。
 
西村)手作業での作業は難しいですし、時間もかかりますよね。
 
樋口)今後の課題の一つです。重機がそもそも少なく、どこまで瓦礫の撤去を行うのか。重機を使うとご遺体も傷つけてしまう。家族はご遺体を取り戻したい気持ちがもちろんある。重機を使用する判断が難しいです。
 
西村)捜索活動の中で助かった命はありましたか。
 
樋口)4歳の子どもが助かったという話を聞きました。72時間までが救助の目安。それ以降は命に危険があります。8日目に助かった児童は瓦礫に下に挟まっていたのですが、お母さんとおばさんが4歳の子どもの上にかばうように被さっていました。その上にコンクリートのがれきが被さっていたのですが、4歳の子どもだけが生き残ったという状況でした。
 
西村)救助までの時間、どのように命をつないだのですか。
 
樋口)瓦礫の下に人がいるということはわかっていて、下手に重機を使えないので、人命救助のためにホースのようなものを瓦礫の間に通して、水などを提供していたそうです。
 
西村)避難状況について、住民はどのような場所でどんな暮らしを送っているのですか。
 
樋口)仮設住宅がほぼないので、各自小さなキャンプ用のテントを公園や路上に建てて、そこで暮らしています。
 
西村)現地の気温はどうですか。
 
樋口)ベネズエラは雨季に差し掛かっていて、雨が降っているときは比較的涼しいのですが、太陽が出ると非常に蒸し暑く、かなり厳しいテント生活という印象です。
 
西村)日本と比べてどうですか。
 
樋口)日本は避難所といえば、小学校の体育館をイメージすると思いますが、ベネズエラはそのような避難場所がないので、個人でテントを張ってどうにか生き延びています。
 
西村)食べ物はどうしているのですか。
 
樋口)地元の人の助け合いの精神が見られました。頼まなくてもほかの人が食料を持ってきてくれる。食料だけではなく、ミルクや衛生用品など、誰にも頼まれなくても避難者に配るという助け合いの精神が印象に残っています。
 
西村)みなさんで自分のできることをやって、命をつないでいるのですね。ライフラインの状況は?
 
樋口)建物が倒壊しているところでも、電気があるところはあります。でも住めないのでテント生活をしています。水道も壊れています。水はペットボトルの水などを支給されたものを飲んでいます。
 
西村)トイレはどうしていますか。
 
樋口)トイレも使えません。大きな避難所では、国連などが簡易トイレを設置しています。しかし小さな避難所には行き届いておらず、苦労しているようすでした。
 
西村)食べ物はどんなものを食べていますか。
 
樋口)避難者は簡易的なおかしなどを食べていますが、近所の人が手作りの食事を提供している姿もありました。
 
西村)樋口さんはどんな支援活動をしましたか。
 
樋口)加盟団体のピースウィンズ・ジャパン、災害人道医療支援会のHuMAがいち早く駆けつけました。次にグッドネーバーズ・ジャパンが駆けつけました。同行して国連の人々に状況を聞き、ほかの現地のNGOにどのような支援が必要なのか情報収集を行いました。
  
西村)被災者はどんなことが必要と話していましたか。
 
樋口)命をつなぐための食料、水、医療支援、衛生用品などの生活物資が足りていないとのことです。
 
西村)足りていないのですね。病気になっている人はいませんか。
 
樋口)地震で外傷を負った人は多数います。病院が機能しておらず、薬も足りていません。しかしすごいのは、助け合いの精神。食料など地元の人々が自発的に支援しています。それだけではなく、薬が足りないときは、個人が診療所に持寄付することも。助け合いの精神は力強いと感じました。
 
西村)仮設住宅がまだないという話もありました。今後どのような生活になっていきそうですか。
 
樋口)厳しい状況がしばらく続くと思います。ベネズエラは、経済的、政治的に混乱があるので、政府が仮設住宅を建てるという余力はないと思います。しばらくテント生活が続くと思います。
 
西村)まだまだ厳しい状況が続いていきそうですね。樋口さん、どうもありがとうございました。