第1557回「熊本で震度7 現地の状況」
報告:前田春香アナウンサー
電話:永田忠幸さん(熊本県益城町在住)

西村)最大震度7を記録した令和8年熊本地震。地震が起こった当日の夜から被災地に入り取材をした前田春香アナウンサーにスタジオに来てもらいました。
 
前田)よろしくお願いいたします。
 
西村)当日はどのように現地入りしたのですか。
 
前田)当日、地震発生後の2時間後くらいに新大阪から新幹線で博多まで行きました。そこからレンタカーで熊本へ。車で2時間半ぐらいかかりました。
 
西村)熊本に到着したときの状況についておしえてください。
 
前田)わたしは被害が大きかった南の方ではなく、熊本市内に近いイオンモール熊本へ取材に行きました。渋滞はありましたが、道路の陥没や停電はありませんでした。イオンモール熊本には報道陣が詰めかけていて、緊急車両による救助活動が行われていました。
 
西村)爆発現場ではどんなことを感じましたか。
 
前田)あの辺りは夜になると暗く、全容を見ることはできなかったのですが、常に緊急車両が敷地内に入り、町の人が集まっていて、緊迫感がありました。
 
西村)かなり大きな施設なんですよね。
 
前田)東西に長くて熊本では1番大きいショッピングモールです。熊本市民にとっては、1番の遊び場と言えるような身近な場所だそうです。
 
西村)イオンモールに避難しようとしていた人もいたのではないですか。
 
前田)周辺住民は、「災害時にはイオンモール熊本に避難するという認識だったので、今回の爆発は衝撃だった」と話していました。
 
西村)爆発の威力はどのように感じましたか。
 
前田)地震発生3日後に報道陣の規制線が一時的に外され、正面付近行くことができました。東西に長い施設ですが、爆発があった南側の中央部分だけが破損が激しく、それ以外の場所は、外からはあまり変化がないように感じられました。一部分だけ壁、床、天井が跡形もなく崩れ落ちていて、周辺には、外壁の破片、ねじ曲がったガードレールが落ちていて、電線が切れて道路に散乱していました。
 
西村)今回の爆発はLPガス漏れが原因と推定されていますが、現地でにおいは感じましたか。
 
前田)当日の夜に現地に入りましたが、ガスのにおいは全くしませんでした。
 
西村)周辺の人に話は聞けましたか。
 
前田)イオンモール熊本から4kmほど離れた自宅にいた人に話を聞きました。窓ガラスが揺れ、扉が勝手に開くなど、現場から離れた場所でも影響があったようです。イオモール熊本の目の前に住んでいる人は、地面からドンと突き上げるような衝撃があり、すぐに外に出たら周りが白い煙に覆われていて、何事か分からないまま少し離れたところに避難したそうです。イオンモール熊本の目の前のお弁当屋さんで買い物をしていた人は、頭上に何か落ちてきたような大きな衝撃があったそうです。
 
西村)この爆発は地震の1時間20分後。お客さんと従業員の避難が完了した後、なぜ館内に人がいたのでしょうか。
 
前田)まだ詳しいことは分かっていないのですが、イオンの社長の会見によると、当日は夏休みシーズンということもあり、3000人のお客さん、1300人の従業員がいましたが、地震発生から30分後にマニュアル通りに外へ避難を完了させました。避難完了から約50分後に爆発があり、従業員が複数人施設内にいたという話も。なぜ避難完了後に施設内に従業員がいたのか、詳しいことは分かっていないのですが、会見では、自宅の鍵などを取りに行った従業員もいたとのこと。その辺りはこれから状況がわかってくると思います。
 
西村)前田さんはほかにも取材に行きましたか。
 
前田)氷川町の町役場の車中泊をしている人々に取材をしました。
 
西村)被害が大きかった場所ですね。
 
前田)最大震度7を観測した場所です。町役場の駐車場が車中泊できる場所として開放されていました。わたしが取材に行った時は、停電と断水が起こっていました。暑さが非常に厳しく、夜でも30度を超えるほど。家にいられない暑さなので、車中泊でエアコンがある環境で避難生活を送っていました。役場の裏には体育館がありますが、エアコンが作動しないので、それぞれの車に避難をしていました。ガソリンの減りが早くなってしまうので、夜中に起きてエンジンを切るため、よく眠れないという声も。周辺のガソリンスタンドでは、ガソリンの制限があるところもありました。すぐにガソリンを入れられる状況ではないため、不安な夜を過ごしているようでした。
 
西村)前田さんが現地の取材で感じたことは。
 
前田)それぞれの被災地で状況が違うのですが、南側の八代市や氷川町の被害が大きいと感じました。わたしが取材したイオンモール熊本は、熊本市内に近い嘉島町というところだったのですが、町のみなさんは、日常生活を送っている印象。ただ、コンビニには水やおにぎり、弁当などが欠品状態で入荷予定は未定となっていました。普段当たり前に手に入るものを手に入れることが難しかったです。ガソリンスタンドには渋滞が起き、交通状況も読めない。地域の人々はストレスを感じているようすでした。
 
西村)前田春香アナウンサーのリポートでした。どうもありがとうございました。
 
前田)ありがとうございました。
 
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西村)ここからは、熊本県益城町に住む熊本地震の語り部、永田忠幸さんにお話を聞きます。
 
永田)よろしくお願いします。
 
西村)益城町は、熊本県の中央北寄りに位置しています。先週の地震では、震度6強の強い揺れを観測しました。永田さんは地震が起きた7月28日午後4時27分頃どこで何をしていましたか。
 
永田)語り部ガイドをした直後で、10年前の熊本地震でできた断層の近くにいました。揺れの前に警報が鳴り、車に手をついて身構えていたので、10年前のように立っていられないほどではなかったのですが、横揺れがすごかったです。
 
西村)揺れの長さ、時間はどれぐらいでしたか。
 
永田)揺れていた時間は数秒ですが、体感的には長く感じました。
 
西村)10年前の熊本地震では、益城町で震度7を観測しました。今回は震度6強でしたが、揺れの違いはありましたか。
 
永田)10年前は体の自由がまったくきかなかったのですが、今回は揺れは酷かったですが、なんとか体の自由はききました。
 
西村)怪我はなかったですか。
 
永田)怪我はなかったです。
 
西村)地震の後、永田さんはどうしましたか。
 
永田)地震の後は家に帰って状況を確認し、すぐ消防団の活動に移りました。
 
西村)どんな活動をしたのですか。
 
永田)当日は、周りの状況が全く分からなかったので、地元の消防団の仲間たちと地域の被害状況を確認し、住民に声をかけて回りました。
 
西村)益城町の建物の被害はどうでしたか。
 
永田)建物の被害はそこまで見受けられなかったです。神社の石灯籠が倒れているのは見ました。
 
西村)みなさん家の外に出ていたのですか。
 
永田)わたしが回っていたときは外に出ている人はいませんでした。直後はみなさん道路に出て、不安そうに隣近所の人と話しをしていました。わたしは「大丈夫でしたか?」と声かけながら、車の中から話をしました。「手伝ってほしい」と声をかけられることは、今回はなかったです。
 
西村)現在の電気・水道・ガスの状況についておしえてください。
 
永田)益城町は、停電・断水している場所が少しあります。
 
西村)町内でもライフラインの状況が違うのですね。停電・断水している地域のみなさんはどうしているのですか。
 
永田)今回は2箇所ある避難に避難している人たちが多いと思います。
 
西村)10年前の熊本地震の時は車中泊をしている人が多かったですが、今回はどうですか。
 
永田)家屋の被害は少ないのですが、今回も余震が多いので、家の中にいるのが不安で、車の中で過ごしている人が多いです。
 
西村)余震はどんなようすですか。
 
永田)家の中にいるとミシミシと音が出る余震が夜中に数回あるので、ビクっとしますが、今のところは平常心を保って過ごせています。
 
西村)避難している人たちの食事についておしえてください。
  
永田)カロリーメイトやゼリーなどで過ごしている人も一定数います。
 
西村)今後は、どのような支援が必要だと思いますか。
 
永田)10年前との違いは暑さです。昼間の暑さは異常なので、暑さに関しての支援が大事だと思います。
 
西村)暑い中の活動が続きますが、熱中症に気を付けて過ごしてくださいね。大変な中、どうもありがとうございました。